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山の記憶

追憶の中にく山行がある。

それらは山人にとっての憬であり、また癒しの原風景でもある。

−山の憶−

そこには決して時の流れに風化しない、語り継がれるべきいがある。
それは遠い過去から現在に至るまで。

こだわりの、渾身の一行がここに。


山の記憶
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剣沢大滝
剣沢遡行/1997.8/moto

29日天気快晴
本流の水量が少ない。
半月峡手前で滝の下をくぐるところがあるが、水が流れていないではないか。
初めてのことだった。今回はチャンスだ。

十字峡まで1ピッチで行く。
十字峡では、いつも水量の多少を見る岩がある。しかし、地形が変わってしまい目安にならない。 でも見るからに少ないのがわかる。
しばしの休憩をとっていると、富山県警のヘリがかなり低空で飛んできてホバリングをはじめた。 なにか事故でもあったのだろうか、われわれを観察しているようだ観察しているようだ。 うっかり手でも振ろうものなら遭難者と間違われるので、われわれもただ突っ立て見ていた。 そのうちヘリは去っていった。

登攀用具を身につけ、お互い声を掛け合い、気合を入れて剣沢に向かう。
別山北尾根から剣沢に降りる懸垂支点に、今年の冬のものらしいカラビナが残置されていた。

やがて第一渡渉点に着く。
地形が変わってしまい、前回チロリアンを張った大岩なんぞどこかに行ってしまった。
流木を支点にザイルを使用する。
第二渡渉点はスクラムで突破。第三渡渉点は大岩を飛び、左岸側の水流中を前進するも、今にも体が持っていかれそうになる。 二人で押し合い引き合いここを突破した。
そして6m滝に着いた。左岸のスラブのトラバ−ス点で、ここは大滝への関所ともいえるところであり、 これを登らなければI滝を見ることはできない。
ここをすんなり登れなければ、大滝登攀はやめたほうがいいだろう。
続く二回の渡渉は問題なかった。
大凹角ルンゼの水を汲み、取り付きに立った。



絶対、 きて帰らねば。


昨日、私は家を出るときお茶を飲んできた。
これは難除けの茶という、私の田舎に昔からある風習である。
私がするのは初めてのことである。するとT氏も周りのこまごまとしたものを整理してきたという。
お互いある程度の覚悟はしてきたのである。
絶対生きて帰らねば、と心に誓う。張り詰めた緊張感が全身に走る。いよいよ登攀開始だ。

一昨年残置したフィックスはすでにズタズタに切られ足元に横たわっている。
T氏とは首尾よく今回成功したらフィックスを外しに来ようと話し合っていたのだが、その必要はなさそうだ。

1ピッチ目
凹角を登り、左トラバ−ス後にフェ−ス直上。
ここを登るのは4回目なのにあまりの緊張感のためかル−トを間違える。
2,3ピッチ目はブッシュ。技術的に問題はないが、年齢的に垂直ブッシュは非常にシンドイ。
ここにはフィックスが残っていた。
4ピッチ目は浅いルンゼ状岩場をトラバ−スしてからブッシュ混じりのフェ−スを登る。
ここのフィックスはなくなっていた。
岩が露出しているところは一冬過ぎると雪崩でなくなってしまうのである。
我々は焚火テラスの先で使うため、一部のフィックスを外しながら登る。

今回の登攀システムは、ブッシュとトラバ−スはお互い荷物を背負って登り、岩場ではトップのみ空身で登り荷揚げをする。 セカンドは荷物を背負って登るという方法をとった。
4回目とはいえ、51歳の体には相当きついものがあり、バテバテで焚火のテラスに着いた。
2年前我々がビバ−クした後は誰も来た様子がなく、テラスを整地しツエルトを張るころには夕闇が迫っていた。
Iさんの作ってくれたカレ−ス−プは絶品で明日への活力となった。



その可能性を る事はできない。


30日晴れ
気になるのは空模様ばかりだが、今日も大丈夫のようだ。一安心である。
焚火のテラスから水流上5mテラスまではフィックスを残さないと不測の事態にも戻ることができない。
パ−トナ−か自分に何かのアクシデントが起きても助けを求められないのだ。
こんな所に救助隊が来てくれるかどうか、確率はどうあれその可能性を切る事はできない。
なんとしても退路だけは確保しておきたい。

昨日回収したザイルを引きずりながら登攀開始。7mの懸垂からトラバ−ス。トラバ−スは人工といっても実際アブミに乗る のは7〜8回で、あとはバンド状をフリ−で登る。
かなり緊張する場所である。
一昨年のフィックスが残っている。
さらに2ピッチの振り子懸垂だが振りが大きく本当に時計の振り子のように振り込まないと、スタンスに立てない。 スリル満点だ。ここに昨日回収したザイルを固定する。
フィックスの半分は今冬でなくなってしまうだろうが、トラバ−ス地点は数年残ると思われる。
続登者には場所がら許していただきたいと思う。
T氏はアクロバチックな格好で写真を撮っている。そのプロ根性たるや頭が下がる思いだ。

水流上のテラスはゴウゴウと激流の音がこだまし、E滝とF滝の飛沫が降りそそぎ、すごい迫力だ。
登攀中に水は得られないと聞いていたが、T氏が懸垂で水面まで降り、水汲みに成功する。戻りは無論ユマ−リングである。これで今日のビバ−クも安泰である。

緑の台地までの1ピッチは凹角左のフェ−スを登る。
ハ−ケン2本15分で登るがはっきり行ってここは見た目より易しい。
台地で休んでいるとはるか上空をヘリが飛んでいった。台地からの岩稜は全体的には70度くらいだが、部分的には垂直である。私はフラットソ−ルに履き替え岩稜に取り付く。沢登りではなく完全に岩登りの世界である。
この岩稜だけでも立派なひとつの岩登りル−トといって良い。
岩稜から見るD滝はすばらしい。

残置も所々見かけるが、すべてチェックが必要である。
1ピッチ目、岩稜をほぼ忠実に登り、テラスへ
2ピッチ目は右下降トラバ−ス後ルンゼを直上するが、トラバ−スの15mはランナウトするのでセカンドには恐怖のピッチである。
ビレ−点のボルトは雪崩でなくなっており、ボルトを一本打つ。
3ピッチ目、ルンゼを直上するか稜に出るか迷うところであるが、残置のボルトのあるフェ−スを10m登るとテラスに出た。今日はここでビバ−クする予定だ。時間もまだ早く、少しでもル−ト工作しておきたいが、とにかく暑いので2時間ほど休憩する。

涼しくなってから工作に入るも岩が脆くなってきた。3ピッチ目の後半になるわけだが、テラスより左の凹角に取り付き垂壁を1ポイントの人工で越え2段になったテラスにでる。正面の垂壁を右から回り込むように登り、松の木でビレ−。
4ピッチ目、松の木に立ってから上の垂壁を目指すが、残置は見えるもののボロボロで手が出ない。
少し右手のボルトのある垂壁にとりつくもここは悪かった。
この上、30m位はランナウトせざるを得ないほどボロボロだった。ここで落ちたら、どうにもとまらない。
ザイルを2ピッチ固定し下降する。
支点にボルトを3本使用。下に見える大滝上の雪渓は一晩中崩壊を繰り返していた。



の振り子か、まるで...


31日晴れ。
昨夜は雲が広がって心配したが、どうやら今日も大丈夫のようである。
昨日のフィックスをユマ−リング。これだけでも今日の行程が楽になった。昨日の最高到達点よりさらに上を目指す。
5ピッチ目。見るからにボロボロであるが、他にル−トが取れないのでそこを登るしかない。
以前これと似たような壁を登ったことがあった。甲斐駒ケ岳の岩場だ。ここほど脆くはなかったがそのときの経験が役に立った。
手足四点に体重を分散し、腫れ物に触るように静かに扱うほかない。ハ−ケンボルトは当然効かないので、 途中アイスハ−ケンを一本打ちこむ。
落石がビレ−中のT氏に雨のように降り注ぐ。
いつ落ちても不思議ではない状態が続く。
手にするホ−ルド、スタンスは触っただけで崩れてしまう。祈るような気持ちでここを抜け、左トラバ−スしビレ−。
6ピッチ目、垂直チムニ−を登ると傾斜が落ちた。
やっと岩稜を登りきったのだ。そのままザイルを伸ばし、左を見てみると黄色いテ−プシュリンゲが潅木に結んであった。 我々もここから懸垂しよう。
喉はカラカラで休憩するも水は無し。遥か下には余るほどの水がゴウゴウと音を立てて流れているのだから早く行きたい。
最初の懸垂はブッシュで下が見えないので末端を結ばずに下降を始めた。
5mも降りたろうか、下を見てビックリした。45mザイルが空中を舞っているのだ。
「空懸の振り子か、まるでサ−カスみてえだな、ザイルの末端は結んでねえし、下まで届いてんのかな」 独り言を呟やきながらザイルを振ってみる。何とか末端は岩に触っているみたいだ。
スリル100%の空中懸垂は、次の支点となるブッシュまで45m一杯だった。 連続懸垂はいつもの回収とセットを同時にやる方法で飛ばす。

頭の中には水のことしかない。
計5回の懸垂でC滝上に降り立つ。
支点はすべてブッシュを利用できた。2人揃ってから剣沢の水で乾杯。コッヘルの水を一気に飲む。
剣沢の水は飲用に不適なんてことは百も承知だが、とっても美味であった。

ここで渓流シュ−ズに履き換える。
T氏はここまですべて渓流タビで登ってきた。これは我々岩屋にとっては”すごい”の一言に尽きる。
しかも、T氏はそんなわずかな時間を利用してコ−ヒ−を沸かして飲む。これはT氏の余裕からできる行動である。

B滝は右岸のナメナメバンドをトラバ−スするが、ホ−ルドなくギリギリのフリクションのみである。
ハ−ケン2本で快調にクリアする。
A滝は釜が半分埋まっており、左壁から直登すると、高島石盛さんが命名したという幻の神岩についた。
それじゃあTさん、先ほどのナメナメバンドを”神々のトラバ−ス”と命名しましょうよ。 ヨ−ロッパの有名な大岩壁に同じ名前があるけど、それをいただきましょうよ。



あとは沢の 公子に。


やっと大滝を足下にした。
しかし、予想に反してどうみてもこの先易しくはない。いったいあの雪渓はどう越したらいいんだろう。今でも崩壊を繰り返し、氷片がガンガン流れてくるではないか。それ以前に雪渓まで行くル−トも見出せない。

この先は”交代だよ”といってT氏の手タッチし、あとは沢の貴公子にお任せした。
鳩首会談の結果、水線ギリギリを行くことにする。成せばなるもので、ハ−ケン打ってゴボ−で水中に降り、ショルダ−で大岩に這い上がりと、ボルダリングの世界を楽しんだ。

T氏は雪渓に上がる方法として私に2つを提案した。
その1、左岸に渡渉しルンゼから上がる。比較的安全だが、渡渉が困難。
その2、右岸の今にも崩れそうなSBの下を潜る。渡渉はないが、SB崩壊の危険は大。
私は水流を見て迷わずその2を希望した。
SB下を脱兎のごとく駆け抜けると簡単に雪渓に上がれた。

T氏の歩くのが速いこと速いこと、雪渓の安定した所で「Tさん休もう」と弱音をはいてしまった。
クレバスをジャンプで越すが、怪我をしてからすっかり苦手になってしまった。
雪渓末端はシュルントになっているため、木片とアイスハ−ケンを埋め込み懸垂する。

ゴルジュを左岸から巻くと、昨年偵察で見覚えのある地点に出た。
地形は変わったがル−トはそう変わらない。
私が水の中にザブリンコしたり、T氏がカメラを水中に没したりといろいろあったが晴れ晴れとした気持ちで二股に向かう。



年甲斐もなく、 いた。


夕刻やっと二股に着く。
握手したまま私は「ありがとう」の他何も言えなかった。
永かった。永い永い20年だった。感激して年甲斐もなく二人とも泣いてしまった。

しかし、空模様も怪しいしいつまでもこうしていられない。
早く真砂沢ロッジに行かなくては。
ロッジまでは最後の力を振り絞って1ピッチで着いた。
ロッジについて着いて着替えをしていると雨が降ってきた。この雨は明朝まで続き、強い降りであった。
家に電話をし最初に完登の報告をしたい人であり、そして一番喜んでくれるひとであろう、Iさんに報告を依頼する。
薄暗い食堂で剣沢の話を酒の肴にビ−ルを飲みながら、二人の祝宴は消灯まで続いた。

9月1日晴れ。
今朝方までの雨もやみついていることこのうえない。時間はたっぷりあるので、朝寝坊をし、のんびりとハシゴ谷経由黒四ダムに向かった。

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知床の林道をいく


知床海岸一周のたび
知床半島/2002.7/moto


Sが転職するということで今までの会社を退職した。
それを機会に北海道の山に2カ月ほど行ってくるという。私は北海道といえば利尻山しか行ったことがない。Sに刺激され、なんか私も行きたくなってきたのだった。

北海道で次に行きたいところといえば知床であった。
それも普通の山登りでは満足できるわけもなく、行くなら道のない海岸しかない。こんなとこ今まで行った人いるのだろうか。
集会でSに相談してみると「僕も興味があるので行ってみたい」という返事が返ってきた。その言葉を聞いたら俄然やる気が湧いてきて休暇を取ること に決心したのだった。資料を探しはじめるが、手持ちの中には見つけられなかった。資料がないとい うことは誰も行っていないのか?嬉しいような不安なような、でもそんなわけないだろう。
何日間で一周できるのか見当もつかないので何日の休暇をとったらいいのかわからない。困り果てて思いついたのが、北海道にいた岳人なら分かるか も知れないという単純な考えだった。

北大出身のSさんにメールで問い合わせた。それと面識はないが、新潟から札幌に引っ越し、現在は札幌登攀倶楽部に所属しているAさんにもメールをだした。お二人からは仲間に問い合わせるとの親切な返事をいただいた。私は最大6日間までしか連休は取れそうもない。それでも仕事に影響は相当で るだろうが、そんなこと考えていたのでは遠くには行けずじまいで一生を終えて しまう。子供達はみな社会人になったことだし、家族がなんとか食っていけるだけの収入は確保せねばならないけど、 これからは頑張ってもっと長期の休暇を取って行くことにしなければ。出発を7月3日とし3週間前に早割りチケットを申 し込んだ。Kも知床に興味をもっており行きたい様子だが、やはり6日間の休暇でなやんでいるようだ。

やがてSさんの紹介で、以前知床一周をしたことのあるN氏と連絡がとれ、記録の載った会報のコピーを送って いただいた。見ると、いままで数パーティが行っており、どのパーティも10日以上の日数を要しており、しかも一周をした パーティはあまりなく、殆どのパーティは帰りに船を使っていた。6日間では不安もあったが、飛ばせば なんとかなりそうだったし、もし遅れたらその時はそのときだと腹をくくった。

6月中旬、Sは一人で大洗からフェリーで出発した。
出発1週間前になってKから行くことに決めたと電話が入った。
飛行機のチケットはインターネットで格安券を探すとのこと。結果的には私より1万円も安いチケットが手に入った。 出発前々日にはAさんから資料が送られてきた。
やはり北大の記録だったが、N氏からのものとは違った資料で、これらの必要な部分だけをコピーにして持つことにした。 Sさん、Aさんには心からお礼を申し上げたい。



いよいよ、 ヒグマ のテリトリ−。







海岸沿いを歩く





イタシュベワタラ
3日。晴時々曇。定刻に女満別に到着。
荷物を待って入ると「Mさーん」と声がかかった。Sからだった。元気そうで一安心。早速Sの車でウトロに向かう。

ウトロのコンビニで食料を買い込み、知床大橋に向かった。知床大橋を渡り、車止めを越すと、いよいよヒグマのテリトリ−に 入った感じがして、緊張する。 熊鈴と笛を吹きながら歩く。 道が曲がるとその向こうに羆がいるのではないかと緊張する。熊鈴と笛をうるさいくらい鳴らす。片手は熊スプレーに手をあてている。
林道は海岸より300m位上を通っている。やがて高度を落とし海岸に近づいてきた。

するとSが「いましたよ」と、静かに声をかけてきた。見ると100mくらい先に3頭の羆親子が歩いてい< る。いままで2回ツキノワグマと遇っているが、さすが親羆は大きい。風格が違う。毛並みが金色に輝き美しい。 離れているので恐さは感じなかった。刺激しないようそっと目的地を目指す。穏やかな流れのルシャ川を渡る。 初冬にマスの大群が遡上し、それをヒグマが捕まえる姿をテレビで見たのを思い出す。北海道のヒグマの写真は、 ほとんどがこの辺で撮られたものらしい。

やがてチャカパパイ川手前にある最初の番屋に着いた。
ここまでは林道が通じており車が入っている。ここでビバークしようとしたが、重機がうるさいし人々 が忙しそうに働いていたし、時間もあるので次の番屋まで行くことにした。この先は道がないので海岸の石ころの上を歩く のだがちょっと歩きにくい。

夕刻タキノシタ番屋に着く。この番屋は後ろに大きな美しい滝が落ちており、 観光船からの撮影ポイントらしい。近くに幕営しようとするが場所がない。困っていると番屋の人が出て来て納屋を使ってもよい と言ってくれた。助かった、お借りする。

納屋の前で夕食の準備をしていると、賄いのお姉さんがみそ汁やおにぎり、焼き魚などのおかずを持ってきてくれた。 住まいは千葉の流山で、知床が気にいってしまい、夏は知床で働き冬は流山に戻ると言っていた。

夕食を食べようとしたら何かが動いた。見たらすぐそばに熊がいた。2〜3歳であろうか、子熊である。 子熊といっても我々より体ははるかに大きい。腹がへっているらしく餌をくれというような仕草をしている。 食べ物の匂いを嗅ぎ付けたのであろう。急いで納屋にしまう。するとすぐそばによってきた。距離は5mくらいか、緊張する。 納屋に逃げる用意と熊スプレーを準備する。でも襲ってくる様子はなくお互い無視することにした。そのうち熊はどこかに姿を消した。

番屋の人の話では、こんなことは日常茶飯事とのこと。知床では人間と羆がお互い無視しながら共存しているように感じた 。

夜にお姉さんがお風呂に入っていいと言ってくれたのでありがたく頂戴した。極楽極楽。 お兄さんが、この番屋は発電機を使っていないんだが何で発電してると思う?と問うてきた。ん?風力?波力?。 すると滝を利用して水力発電をしているのだと教えてくれた。なるほど一晩中電灯が消えることはなかった。



突然、 頭の熊が。




自然のトンネルがみえる


奇岩群


でかいトンネル
4日。曇時々晴。漁師の朝は早い。朝5時には若者達が船でやってきて網などを持ちだし漁の準備を始めた。
今日は我々もこの旅の核心部である。泳ぐ装備を身につける。お姉さんが乾物などを差し入れをしてくれた。 これもありがたく頂戴した。

丁寧にお礼を述べて出発する。やがて泳ぎの連続となる。北大パーティは足ヒレをつけて泳いだようだが我々は持って 来なかった。沢で泳ぐのに使っていないのだからいらないだろうという判断だった。思ったとおりやはり必要性は感じら れなかった。
海が穏やかなのが救いだ。荒れていたらシンドイだろう。

突然親子連れ3頭の熊が現れたが、海岸から山に登っていくところであった。我々はその下を通らなければならない。 向こうは我々に気づいていない。
静かに静かにと言っているのにKはピーピーと笛を吹き始めた。
当然熊は我々に気づき足を止め、こちらを見ている。
「なんだよ!おめは!静かにしろって言ってんのに〜」と私はKを怒ったが後のまつり。さあどうしようか。 こちらも動きを止め、少しの間睨み合いがあったが、熊は再び山に向かって登り始めたので我々も行動再開。

少し先でまた熊と出会う。今度は1頭だがやたらとでかい。しかし断崖の上に立っており、我々の所には降りて来られまい 。その勇姿は、よくアニメで断崖の上でオオカミが遠吠えをする姿を見たことがあるが、それを熊と置き換えただけの 素晴らしい姿だった。熊の真下を通っていく。熊は我々をずっと見下ろしているようだった。さすがのKもここでは 笛を吹かなかった。



頻繁に熊と遇うと、 さが薄れて、











海を泳いで渡る














知床岬の台地



知床岬にて
蛸岩を過ぎカシュニの滝下を泳ぐ。チャラセナイ川が海に流れ込むところが滝になっており、この滝をカシュニの滝と いい、ここも観光船からの撮影ポイントである。雪解け水の滝は冷たくて瀑風を浴びたら一気に震えがきた。剱沢大滝を一瞬 思い出した。

カシュニ岩の60mを泳ごうとした時だ。Kが、また熊がいるという。今から岸に向かって泳ぐのだが上陸地点 に子熊がウロウロしているのだ。近くには親がいるのに違いない。3人で笛を吹くが全然逃げようとしない。 しかたがないので上陸地点を熊から50m離れた所にする。熊は泳いでいる我々を見ている。しかし近づいてはこない。 私たちもこれだけ頻繁に熊と遇うと恐さが薄れてきてしまうのだ。お互い無視、無視である。

カパルワタラには快適そうな番屋があるが、まだ人は入っていなかった。北海道にはこのようなアイヌ語源のカタカナの 地名がたくさんあるが、その意味がわかったら楽しさは倍増するだろう。その先の小岬の泳ぎはこの旅最長で、60m と30mロープを繋いでも足らず、シュリンゲまでも繋いで対処した。

5mから10mくらいの岩の上り下りを繰り返す。荷物が重い。夕食も朝食も、 そして行動食まで戴いたので荷物が減っていないのだ。嬉しくて贅沢な悩みでは あるが。さらにゴルジュ突破装備を身につけているので、レタラワタラ付近では 日が差してきたせいもあって、暑くて少々バテ気味である。観光船が近寄ってきた。 おそらく客たちは「あんなところに人がいるよ」なんて騒いでいるのだろう。 気は乗らないがサービスに1、2度手を振ってやった。
イタシュワタラ番屋で今日の行動を打ち切る。やはり番屋に人はいない。快適 そうな畳みが広がっている。鍵もかかっていないが無断で入ることもできないの で番屋前にテントを張った。熊が来ないよう食料だけは納屋に入れさせてもらった。

なにか動く気配がしたので振り向いてみるとキタキツネがいた。おなかが減っているらしい。 でもお前にやるものはないぜ。頻りに回りをうろいついている。 なにも貰えないと察したか反撃に転じてきた。カラカラと音がすると同時にラジオの音が小さくなった。 キタキツネがラジオを食わえて持って行こうとしているのだ。「このやろう」と追いかけたらラジオを落 とし一目さんに逃げていった。

5日。曇午後強風と小雨。アウンモイ通過。なぜか私はこの名前に郷愁を感じた。それはなぜだかわからない。 アウンモイも廃屋となった番屋があるだけだった。獅子岩を過ぎると間もなく堤防が見えてきた。やっと文吉湾に着いたのだ。 テトラポットと堤防に遮られ、脆い岩場を2級のクライミングをして堤防の上に登る。何人かの人達が忙しそうに働いていた。 反対側の泥壁を登り草原に出る。草原には鹿の糞がたくさんあり、そういえばここにエゾシカが群れをなしているのを写真で見た ことがある。踏跡を辿るとアブラコ湾にでた。やっと知床岬に着いたのだ。岬の突端で記念撮影をする。最初予定していたアブラ コ湾でのビバークは、強風と雨と寒さのため諦め、赤岩まで行くことにする。

地形図に転々と記載されている番屋は今は廃屋ばかりでほとんど人は入っていない。でも一軒だけおばあさんと犬がいた。 どこから来たのかと聞くので知床大橋からだと言っても信用してくれなかった。おばあさんは、番屋にいるのが一番 良くて一人で来ているのだと話していた。お年寄りで一人で心細くはないのだろうか。知床に住んでいる人達は、みなそれだけ知床を愛しているのだろう。



運悪く、発病したら 寿 命と、


はずれにある廃屋を整理して幕営する。風が強いのでこの廃屋には助かった。今日は羆とは遭遇しなかった。

水は近くの沢から取った。出発前、エキノコックスが恐くて飲み水はすべてボイルしたものを使う予定だった。 しかし北海道の岳人に聞くと、池などの溜まり水でないかぎりは気にせず飲んでいるということだったので我々もそのようにし ていた。実際ボイルした水だけを飲むなんてことは面倒でやっていられない。もし運悪くエキノコックスが発病したら寿命 と思うほかあるまい。

6日。曇ったり晴たりで時々雨。カブト岩、念仏岩を通過。女滝男滝はとても美しい滝なので記念撮影をパチリ。 海岸にはハマナスが咲き誇り知床に来た充実感に浸る。東海岸は西海岸と比べると地形が穏やかで易しい。1泊2日で相泊か ら岬まで往復ができる。難所には巻道があり、フィックスロープも張ってあった。

ペキンノ鼻番屋には5〜6人の人がいた。
子供もいたが、今日は土曜日で遊びに来ているようだった。ここでも最初に聞かれたことは「どこからきたの?」で あった。先の様子を尋ねると、今は満ち潮なので観音岩手前の難所は巻道を行っ た方が良いとアドバイスをうけた。先が長いのですぐ出発しようとすると干しタラをくれた。ありがたく頂戴する。
メガネ岩、剣岩、タケノコ岩、化石浜と快調に飛ばす。やがてアドバイスをうけた観音岩手前の難所に着いた。 迷う事なく海岸を行く。台風が近づいている影響か波が高いが、気合を入れて海中に飛び込 む。10mくらいの泳ぎで突破できた。観音岩番屋には人がいた。ここからウナ キベツ川にそって知床岳まで踏跡があるそうで橋もかかっていた。疲れもピークに達していたので大休止とする。

ここから相泊までは踏跡があり歩きやすくなった。疲れた体にムチ打って 相泊を目指す。夕刻、有名な「熊の穴」というラーメン屋に着いた。
店のおやじは「知床を立ち入り禁止にするなんてもってのほかだ」と息巻いていた。完歩乾杯用に高いビールを買い込む。
温泉に入ろうと場所を尋ねたら、おやじがそこまで軽トラで送ってくれた。天気良ければ近くに国後島が見える はずだけど、残念ながら今日は見えない。海岸にある無料温泉の駐車場にテントを張り、温泉に浸かりながら乾杯した。

7日。曇のち雨。有名なカムイワッカで、一番上の滝壺温泉に浸かりながらビールを飲む。 ここまで登ってくる観光客は少ない。この温泉が人気あるのは理解できる。私もいままでに入った温泉のなかでは 一番いい思い出になった。

追伸
8月中旬、タキノシタ番屋のお姉さんから便りがありました。
お姉さんは横浜の「みろく山の会」の会員で、丹沢がホームグラウンドとのこと。
さらに、今年2組目のパーティは熊に追われ、タキノシタ番屋に引き返し船で帰り、3組目のパーティは、 8月12日にタキノシタを出発して岬に向かったと書いてありました。冬になって千葉に帰ったら、 一度お礼かたがたお会いしたいものですね。

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西表島には過去に2002年の秋と2003年の夏に訪れ、今回で3度目になる。
これが最後の西表島サバイバル生活になるので、存分に大自然を満喫するために、 前回の1ヶ月間サバイバルよりも倍の、2ヶ月間サバイバルをやる事に決めた。




ゴムボートでスイスイ


西表島サバイバル生活
西表島/2005.3.17〜5.2/sasa

西表島には過去に2002年の秋と2003年の夏に訪れ、今回で3度目になる。
これが最後の西表島サバイバル生活になるので、存分に大自然を満喫するために、前回の1ヶ月間サバイバルよりも倍の、 2ヶ月間サバイバルをやる事に決めた。

3月17日(晴れ) 羽田−石垣島−西表島−南風見田
石垣島はすでに夏の日差しが照り付け蒸し暑く、離島桟橋には水着姿の若者がベンチに座っていた。
近くにある郵便局に行き、帰りの衣類が入った荷物を預けるため、西表島の郵便局へ局止めで送る準備をする。係員に2ヵ月後に荷物を受け取ると言うと、3週間までしか駄目ですと返ってきた。何か良い方法があるか考えたけれど、仕方が無いので諦めるしかない。

あわただしく買い物を済ませ、12時の船で西表島へ向かった。大原港から大原郵便局へ行き、自宅から送っておいた重さ30キロのザックを受け取る。近くのスーパーで泡盛などを買い込み、この時点で荷物の総重量は60キロを超えている。ここからタクシーに乗り道路終点の南風見田の浜まで移動した。ここにある東屋のテーブルに荷物を広げ、5月分の食料と帰りの荷物を砂の中に埋めてデポする。

予定では鹿川へ向けてさらに進む予定だったが、とても暑いので今日の行動はここまでとした。南風見田の海では今がモズクの旬で、モズクを採っている人や泳いでいる人達がいる。さっそくシュノーケルを付けて初泳ぎ。浅瀬にはモズクがまとまって辺り一面にあり、海の中に座って丁寧に砂を落としながら水筒に入れて採った。

夜、東屋でモズクをつまみに泡盛を飲む。あまり酢は好きじゃないが、モズクはしょう油だけより酢を入れた方がとてもおいしいと感じた。余ったモズクは塩漬けにして砂の中に埋めておく。
夜中、寒くて目が覚める。気温を見ると17度だった。夏の服装しか持ってきてないので、雨具を着込んでもシュラフカバーだけでは寒くてほとんど眠れない。



ザックの重量は、 50 キロ。










総重量50キロの荷上げ



鹿川まで担いで来た食料と道具
3月18日(曇り時々晴れ) 南風見田−クイラの岩場
ザックの重量は50キロはあり、担ぎ上げるだけでも一苦労する。3年前に来た時には2時間で行けた所まで、今回は4時間もかかった。ここからゴムボートにザックを乗せて、海の上を引いて行く。非常に楽になり、ペースを上げて進むことが出来る。やがて潮が引いてリーフが現れ始めると、ゴムボートの底を擦るようになり、クイラの岩場手前ではほとんど進まなくなった。

クイラの岩場からはゴムボートに乗って海を渡る予定だったが、風と波には歯が立たず、ゴムボートはあえなく撃沈。もうすぐ暗くなる時間なので、急いで絶壁の岩場に取り付く。ロープが2本下がっていて、1本は頼りない物だった。荷物を3個に分けて2個はロープに結び、もう1個は背負って登る。登り終った所で体をロープで固定し、残りの荷物を引き上げ始めるが、一番重い荷物が出っ張った岩に引っ掛かり、全く上がって来ない。岩場から身を乗り出し、やっとの思いで荷物を引き上げた。

すでに日は沈み薄暗くなっている。ヘッドランプを付けて横になれる所を探しながら海岸を降りて行くと、岩棚を過ぎた所で半洞窟状のスペースを発見しホッとする。近くの岩場には水が流れているのでもう安心だ。おかず調達に海へ行き、モリでいいサイズのイシガキハタを突いて刺身で食べた。
夜中、気温は15度まで下がり、今日はひどく疲れているのに寒くて何度も起きてしまう。

3月19日(曇り時々晴れ) クイラの岩場−鹿川
出発してまもなく岩場の所で行き詰まる。ここは潮位が低ければ海周りで行ける所だが、今は無理そうなので10メートルほど小さく高巻いた。その後、アップダウンのある巨岩帯を重い荷物でヘタリそうになりながらも、必死になって通過し、今回のベースキャンプ地である鹿川に到着した。
テントとタープを張り、さっそく獲物の調達にかかる。ルアーを投げ魚をゲット。砂浜を歩いているカニを捕るために、バケツを砂の中に埋め、落とし穴を仕掛けたりもする。翌日、カニが4匹入っていた。

3月20日(快晴) 鹿川
キャンプ地周辺を散策してみる。野生のバナナやパパイヤが多くあり、青いパパイヤは野菜として炒めたり味噌汁で食べた。
夜釣りをすると、大きな魚が10号のハリスを次々に切ってしまい、釣りにならない。

3月21日(晴れ) 鹿川
磯へ釣りに出かけ、ブルーの魚が2匹釣れた。イラブチャー系の魚は身がやわらかいので好きじゃないからリリースする。

昼に小麦粉でうどんを作ってみる。以前、薄力粉で作ったら失敗したので、今回は強力粉を持って来た。小さなまな板では細く切るのが大変だったが、予想に反してコシがあって良いうどんが出来た。
明日は移動するので、後半分の食料や酒などを鹿川の浜にデポする。



たとえテントが れても。











デイゴの花
3月22日(晴れ、夜から嵐) 鹿川−ウダラ
早朝、浜に打ち上げられた生きているスルメイカを発見。刺身と塩辛と網焼きで食べる。荷物が多いので撤収に1時間30分もかかった。鹿川から山を越えてウダラへ向かう。途中、ウダラ川の中間地点にある崎山へ続く分岐の所に食料をデポする。

ウダラ到着すると、2年前には三人ほど住んでいる人がいたが、現在は一人だけになっていた。夕方、飯の準備をしていたら、分岐の所にガスボンベを全てデポしてしまった事に気づく。ここにいる数日の間は、焚き火に頼るしかなさそうだ。
夜から雷雨になり、西表島に来て以来始めての雨となる。やがて深夜には、雷がバンバン鳴り猛烈な雨と強風が伴い、まるで台風のような嵐になった。強風でテントが今にも潰れそうで、物凄いスコールと5秒間隔で鳴っている雷には驚いた。こんな状況では外には出れないので、たとえテントが潰れてもテントの中でじっとしてるしかない。この状態が1時間ほど続き、さらに3時間後に再び同じような嵐がやって来た。今まで経験した事の無い嵐が過ぎ去ったのは、朝方の5時だった。器に溜まった雨水の量から、二回の嵐で200ミリくらいの雨が降ったと思う。

3月23日(曇り) ウダラ
ほとんど眠れないうちに朝になり、海を見ると濁流で海全体が濁っていた。昨日の夜からずっと強風の北風で、たまに20メートルくらいの強風が吹き付けている。
昨日集めた薪は濡れていて、ライターでは火がつきそうに無い。焚き火をしないと何も食べることが出来ないので、あまり湿っていない立ち枯れしている木を集めて薪に使う。それでも簡単には火がつかないので、次回から消し炭を集めておき、これを着火剤として使った。

大学の4人パーティーが鹿川からやって来た。ここで一泊して、明日は船浮に行くそうだ。学生達は浄水器を使っていて、その隣で濁った川の水を水筒に汲んだら驚いていた。

3月24日(晴れ) ウダラ
風も無く良い天気になり、海へカキを探しに行く。ミナミコメツキガニが潮の引いた干潟に大群で群がっている。警戒心が強く、近寄ると回転しながら砂に潜って隠れてしまう。昼過ぎからウダラ川へ行き、釣りを始めると急に強い北風が吹き始めたので中止し、マングローブ林の散策に切り替える。マングローブ林の中にある水溜りには大きなシレナシジミがあちこちに転がっているが、この貝は大きな殻の割には身が小さいので拾わない。

3月25日(晴れ) ウダラ
今日、33歳の誕生日をウダラで迎えた。強い北風も納まり、穏やかな東風に変わる。
廃材を使って小さな炭ストーブを作る。火力は弱いが意外と使いやすいので、ガスコンロの代用になる。夕方、テントの横に立つ木に登り、乾燥して縮んでいるキクラゲを採る。



真っ な花が咲き乱れ、











崎山までジャングル越え
3月26日(晴れ) ウダラーアヤンダ川ーウボ川ー崎山 (山越えルート)
満潮時にウダラ川を渡渉するとザックが濡れるので、干潮の時間をみてウダラのキャンプ地を出発する。
ウダラ川を登り、分岐の周辺にはテープがたくさん巻いてある。デポした食料を回収し、コルを目指して斜面を登る。道は無くテープを頼りに林の中を進んだが、いつの間にかルートから外れてしまった。尾根に出た所で木登りをしてコルを探す。コルは下の方で、かなり登り過ぎていた。

尾根を下りコルに着くと、しっかりした道があったので驚いた。この道はウダラと崎山を結ぶ旧道で、現在はイノシシ猟などに利用されているようだ。尾根沿いに付けられた道は枝沢を越えると、沢通しの不明瞭な道に変わった。赤テープに助けられアヤンダ川本流まで来ると沢登りに変わるが、水量は少ないのでほとんど濡れずに進んで行ける。アヤンダ川上部から再び道が現れると、まもなくコルに到着した。

コルからは反対側のウボ川へ下る。ヤブっぽい道に赤テープがあり、シダ植物をかき分けて進む。途中、右岸から左岸にルートが変わり、やがて河口のマングローブ地帯になる。川の中は泥深くて身動きがとれなくなるので、マングローブ林の中を進み崎山湾の広い干潟に飛び出した。

崎山村跡には2年前に人が住んでいたが、ボロボロになったテントがあるだけで誰もいなかった。ここには大きなデイゴの木が数本あり、真っ赤な花が咲き乱れている。テントを張り、水場に管を設置して汲みやすくした。ここは夜になるとカエル、大コウモリがうるさい。

3月27日(曇りのち晴れ、夜から雷雨)  崎山
西表島でシーカヤックが遭難した事をラジオで知る。ガイドと客の3名が強い北風で流され行方不明になっていた。数日前に自衛隊のヘリが飛んでいた事を思い出す。

崎山村跡の散策と裏山へ続く道を行ってみる。裏山の上部まで整地されたスペースがあり、思っていたより規模が大きい集落跡だった。道はさらに奥へと続き尾根に出た。この道はおそらく反対側の海へ行くルートと思われる。それから、近くの川で魚釣りをすると魚が入れ食いで、40センチの大きなマングローブフィッシュが釣れた。

昼に3人組が歩いて来た。話をするとサトウキビ刈りの仕事をしていた人達で、仕事は17日に終わったそうだ。
ここは携帯電話が圏外なので、パイミ浜近くのリーフまで行き電話とメールを使う。リーフで魚をモリで突いていると、先程の3人組が来てシャコ貝探しを始めた。帰る途中でタカセ貝とクロチョウ貝を見つけた。

3月28日(晴れ時々にわか雨) 崎山
川にカニ網と大ウナギの仕掛けをかける。その後ミナミクロダイを釣る。

3月29日(曇りのち雷雨) 崎山 
大ウナギの仕掛けにライギョの仲間がかかっていた。この魚はおいしくないのでリリースする。カニ網には何も無し。昼過ぎから雷を伴う大雨で何もできない。

3月30日(曇り) 崎山−パイミ
昨日の夜からずっと風が強い。テントを撤収してパイミ浜へ移動する。シャコ貝3個とタカラ貝を4個拾う。前回、パイミ浜にテントを張った場所は風がまともに当たるので、水場入り口から10メートル林の中に入った所にテントを張る。

3月31日(曇り時々晴れ) パイミ
周辺を散策する。昔、人が住んでいた形跡がいくつかあり、裏山の斜面にはヤシガニが掘った巣穴が多い。ここの川は小さな沢になっていて魚釣りはできないので、大ウナギの仕掛けをかけた。
干潮時にリーフの先端で釣りをして、魚を2匹釣る。リーフの浅瀬でタコがスミを吐いて逃げているので、バールで捕まえた。



ヤシガニはハサミが 力で、 −













オオウナギの蒲焼



特大のヤシガニ
4月1日(曇りのち晴れ) パイミ

拾った鍋で海水を沸かして塩作りを始める。夜の9時からヤシガニ探しに出かける。すぐにヤシガニ(中サイズ)を捕まえた。ヤシガニは小さくてもハサミが強力なので、素手で捕まえるのはとても危険だ。今回は大きな網の袋を使った。
山の斜面の所で木の根元に掘った巣穴の中に、大きなヤシガニの足だけが見えた。棒で突いても出てこないので、下側にある巣穴から枯れ枝でいぶしたがダメだった。諦めて戻る途中、沢沿いで大きなヤシガニを捕まえる。それから、沢の中をライトで照らしてモクズガニを捕まえた。この時、大ウナギがいたのを確認する。テントに戻った頃には深夜の1時を過ぎていた。

4月2日(晴れのち曇り) パイミ
朝から北西の風が強く、海は高波でとても入れないくらいだが、テン場は林の中なので風の心配ない。海水を何度も足して300グラムほどの塩が出来上がった。昼にヤシガニ(中サイズ)を茹でて食べた。身はタラバガニとほとんど同じ味で、腹の中にあるミソは、ほろ苦くて濃厚な味がする。
ここの沢にもテナガエビがたくさんいる。しかし、そう簡単には捕まえられない。今回、ペットボトルを使ったりしたが、一番多く捕れた方法は夜突きだった。



大ウナギの頭と を焼き、


4月3日(晴れ時々曇り) パイミ
今日も朝から北風が強く、海で漁はできない。朝、沢へ見に行くと大ウナギがかかっていた。体長50センチの小さな大ウナギ。晩飯の蒲焼が確定する。
昼にヤシガニ(大サイズ)を茹でた。お腹一杯になって少し残す。
夕方、大ウナギを調理するが、皮がなかなか切れない。頭と骨を焼いてウナギのタレを作る。炭火で焼いて大ウナギの蒲焼を食べた感じとしては、少し泥臭い、身が締まっていて硬い、皮がゴム、油分ナシ、背ビレの骨が気になる。後から蒸したら身が柔らかくなり、かなり改善された。普通のウナギと比較すると、まったく話しにならない味だ。
夜、8時からヤシガニ探しに出かける。前回、ヤシガニの足だけが見えた巣穴近くで、特大のヤシガニを発見。足の大きさからして、あの時のヤシガニに違いない。足を広げると50センチを超える大きさなので、捕まえるのに時間がかかった。重量が2キロはあり、ずっしりと重い。

4月4日(快晴) パイミ
パイミ浜周辺を散策する。浜の北側にも1ヶ所だけ水場、テン場があった。
夜になると上空は星がきれいに見えて天の川も良く見えた。9時から南十字星を見に、ヌバン崎まで潮が引いて浅くなったリーフを歩いて行く。夜の海は一人だと怖い。40分でヌバン崎に到着。ここまで来ないと南の空が見えないので苦労する。南十字星は下のほうにある雲に隠れて見えなかった。水平線ギリギリの10度くらいの角度に見えるので、この雲があると南十字星の全体を見ることができない。帰り道、大きなマツカサ貝をたくさん捕り、12時ごろテントに戻った。

4月5日(快晴) パイミ
朝の気温は13度で、昨日の夜は寒くて1時から4時までの3時間しか眠れなかった。日の出前に浜に出ると、寒さで動けず巣穴に戻れなくなったカニを6匹拾う。
昼には28度まで気温が上がり、真夏の日差しになる。ヤシガニ(特大サイズ)を茹でて食べる。カニミソの油がギトギトですぐにお腹一杯になり、3分の1残す。夕方になってもお腹が空かないので、米は炊かないでおく。夕飯は残ったヤシガニとマツカサ貝で済ませた。



ウツボがバケツから 走。









ハリセンボン獲ったどー



リーフとウビラ石
4月6日(快晴) パイミ
少し風邪ぎみで体がだるい。今日は紫外線が強烈。前に捕まえたウツボがバケツから脱走して近くで死んでいた。米に水を入れずに火にかけて焦がした。

4月7日(雨のち曇り) パイミ
昼には雨が止み、ウエットスーツを着て海に潜る。サザエ、タカセ貝が3個づつ捕れた。浜に上がると風があり寒い。沢の水を浴びるともっと寒い。

4月8日(晴れ) パイミ
テン場近くでワイヤーを拾ったので、奥の方にイノシシの罠を仕掛ける。昼に海へ行き、岩の隙間にアバサー(ハリセンボン)がいたのでモリで突いたら、海水を取り込んで大きく膨らみ、岩の隙間からなかなか出てこない。モリが根元から折れてしまったが、なんとか引き出し焚き火で丸焼きにして食べた。
夜、11時過ぎにヌバン崎まで南十字星を見に行く。今の時期は南十字星の南中が12時なので、その時間帯に合わせる必要がある。ヌバン崎に着くと、水平線の上に念願の南十字星が見えた。その後、大潮で潮が引いた海でマツカサ貝50個、サザエとクモ貝を3個づつ捕る。その他にタコを捕まえたが、いつの間にか袋から逃げられた。結局寝たのは朝の4時ごろになった。

4月9日(晴れ) パイミ
9時過ぎに起き、浜に行くとチャーター船でここに上陸した2人組みと会う。今から鹿川まで歩いて行くそうだ。天体観測機器の仕事をしている人がいて、昨日その人も白浜から南十字星を見たようだ。何だかんだと昼頃まで話し込む。
午後から海に潜り、2時間でタカセ貝を12個、クモ貝を7個、サザエを2個の収穫だった。マツカサ貝を含め、貝を茹でたりする作業が7時過ぎまでかかった。

4月10日(晴れのち曇り) パイミ−ウビラ川
テントの撤収で3時間かかった。干潮の時間に合わせて12時過ぎに出発、3時間でウビラ川に着いた。半洞窟の中にテントを張る。
硬いマツカサ貝の燻製を食べ過ぎて、奥歯の歯ぐきが炎症を起こす。

4月11日(曇りのち晴れ) ウビラ川−鹿川手前の浜
朝から釣りをして小物2匹、30センチオーバーのミーバイに逃げられた。2時に出発し、シャコ貝を2個とクモ貝を2個拾う。落水崎と鹿川の中間にある大きな浜でテントを張った。シャコ貝を刺身で食べる。

4月12日(曇り時々晴れ) 鹿川手前の浜−鹿川
昨日の夜、浜でカニを8匹捕まえた。11時から鹿川へ移動。鹿川にデポした食料と酒を無事に掘り起こす。



海上 安庁の大きな船が。





パンを焼いて食べる
4月13日(曇り) 鹿川
パンを焼いて、パパイヤのツナサラダを作った。奥にイノシシの罠を仕掛ける。夕方、単独の女性が南風見田からやって来た。

4月14日(曇りのち晴れ) 鹿川
リーフ歩きで穴の開いた靴を縫う。昼に揚げパンを作って食べる。

4月15日(快晴) 鹿川
朝、浜に行くと大物仕掛けに魚がかかった形跡があったが何もいない。山から青いバナナを1房採ってくる。

4月16日(快晴) 鹿川
昼前、海上保安庁の大きな船が来た。ゴムボートで浜に上陸し、いろいろと聞かれた。浜でペットボトルに入った米を拾う。
東京から来た単独の青年と会う。この人は半年間ほど南風見田のキャンプ場にいて先月東京に帰ったが、今回シーカヤックで遭難したガイドの友人で、ニュースを知り西表島に戻って来たそうだ。
台湾から飛んで来た飼い鳩が2羽住み着いている。(羽の裏側に飼い主のハンコが印されている)

4月17日(曇りのち雨) 鹿川
昼に30センチの魚を釣り、刺身で食べる。夕方から雨が降り出す。

4月18日(雨のち曇り) 鹿川
昼過ぎまで強い雨が降り、テントの中で過ごす。川から泥水が流れ込み海は汚い。

4月19日(曇り) 鹿川
大物仕掛けに魚がかかった形跡があり、大きな針が伸びていた。

4月20日(曇り) 鹿川
テント内にはアリが多い。毎日食べる量が少ないからすごく腹が減っていたので、今日の夕飯は米2合とシチューと焼きそばを食べたが、満腹にはならなかった。

4月21日(晴れ) 鹿川
昼過ぎにガーラの群れが浅瀬に来て、小魚が浜に打ち上がっていた。ガーラは水面の小魚をバシャバシャと食べていて、まるで養殖場の様な光景だ。ルアーを投げるとヒット、すぐにバレる。ダツがメタルジグに歯の跡を多く残し、ボロボロになってきた。

4月22日(晴れ) 鹿川−ウダラ
ウダラへ移動。シークワーサーの花は終わり、あずき大の実が付いていた。ウダラの干潟にはすごい数のミナミコメツキガニがいて、辺り一面にカニの大群が広がっている。
午後から海へ、海水はまだ冷たい。ウエットスーツを着てイモ貝を2個拾う。

4月23日(晴れのち曇り) ウダラ
対岸の岩場にダイビングツアーの船が止まっていたので、昼に船の近くで泳ぐ。岩場でカキを15個くらい持って帰る。急にスコールが降り出し、雨の中テントの上にタープを張った。

4月24日(晴れ) ウダラ
ウダラ川でミナミクロダイを釣っていると、船が来てガイドと一緒に3人が上陸し、少し話をする。

4月25日(曇り時々雨) ウダラ
スミストーブでコーヒーを沸かす。ウダラに来てから蚊が多い。朝の気温はだいたい24〜25度。
干潮時にイモ貝探しに行き、イモ貝を6個とクモ貝を1個拾う。甘い物が無性に食べたい。立ちくらみが最近多くなる。

4月26日(雨) ウダラ
朝から雨で何も出来ない。

4月27日(晴れ) ウダラ−船浮
濡れた物を乾かして、2時に出発する。1時間30分でイダの浜に到着し、2年前と同じ場所にテントを張る。その後、売店へ行き泡盛などを買ったら、ピーマンとトマトを貰う。

4月28日(晴れのち曇り) 船浮
朝食、昼食用にパンを500グラム焼く。とても量が多い。昼に栃木県から来た単独の人と話をする。今日から観光客が多くなった。4時から海に潜り、クモ貝とイモ貝を拾う。少し寒かった。
6時に売店へ行くとダンボールに入った荷物が運ばれて来たばかりだったので、棚に品物を並べる手伝いをした。ビール2本とヨモギ餅を貰う。

4月29日(晴れ) 船浮
昨日仕込んだパンを焼く。3年前に知り合った地元の人と一緒に、3時から泡盛を飲む。夕方、そうめんチャンプルをご馳走になって、7時にテントへ戻る。



林で、獣道もない。 −







鹿川の浜


4月30日(晴れ) 船浮−白浜林道−祖内−浦内川
朝一番の船に、出航ギリギリ30秒前に乗り白浜へ渡った。バスで祖内の郵便局に行き、余分な荷物を大原郵便局へ送り、買出しをしてから白浜方面へ歩いて戻る。

旧道に入り、昼過ぎから白浜林道を歩く。1時間後に林道はヤブだらけになり歩き難くなった。しばらくすると道は完全に無くなり行き詰る。周辺を1時間ほど探索したが、辺りは密林で獣道も無いようだ。白浜−大富横断は諦めて戻る。歩いて浦内川まで行き、ウタラ炭鉱の近くでテントを張る。

5月1日(晴れ) 浦内川−船浦−テドウ山−浦内川(カンビレーの滝)−第1山小屋跡
朝一番のバスに乗り船浦へ。バスは観光客が多い。船浦から登山口までの道ではカヌーツアーの車がたくさん通る中、パイナップル畑を見ながら歩いて行く。テドウ山の入り口が分かり難いので少し迷う。テドウ山の登山道を行き、途中からピナイサーラの滝上に行ってみる。滝上にはカヌーツアーの客で賑わっていた。テドウ山頂上から北に10メートル進んだ所からは、エメラルドグリーンの海が見渡せる。

竹の子を何本か採って、浦内川方面の登山道を下る。登山道は少し分かり難い所があるが、赤テープがあり迷うことは無かった。4時に浦内川のカンビレー滝近くに降り立ち、7時に第1山小屋跡に到着した。

浦内川に入り、全身水浴びをして体を洗う。近くで大ウナギがゆっくりと泳いでいた。

5月2日(晴れ) 第1山小屋跡−古見−大富−展望台
9時に出発。分岐では古見ルートの標識が外され、大富に抜けるルートだけになっていた。今回は古見に抜けるルートを進む。始めの頃はなんとなく歩けるが、次第に道が分かり難くなった。倒木、シダ類、ツルアダンで道が塞がれている所が多い。

11時頃、単独で来ていた林野庁の人と会う。落ちている標識を整備していた。話をすると、ここの登山道は現在立ち入り禁止らしい。それと、実際のルートと地形図に書いてあるルートは違っていると言っていた。確かにここに来るまで、木に付いた赤いペンキマークを頼りに歩いて来た。

前良川沿いの道になると分かり易くなり、最後の方で支流の渡渉が数ヶ所ある。そして、放牧場のわき道を過ぎると道路に出た。

3時にバス停に着き、バスを待っているとさっきの人と再び会い話が盛り上がる。大富でバスを降り、買出しをしてから展望台まで歩く。展望台は新しく立て替えられていた。

夕方、ライトで蛾を採集しに来た人と会い、夜には民宿の車で客が6人くらいここに何かを見に来ていた。



砂に めていた荷物や食料を。








砂に埋めた食料を掘り出す



ミーバイをさばく
5月3日(晴れ) 展望台−大原−南風見田
単独の人が2組とトンボのヤゴを探しに来た人が来た。展望台にいると、いろんな趣味の人と会える。11時にここを出発し、キビ刈の人から聞いていたお勧めの食堂の一つである大富のやすみ屋でカツ丼を食べる。

大原の郵便局に荷物を取りに行くと、3日から5日は定休日だった。荷物は後で取りに行く事にして、買出ししてから南風見田の浜まで歩いた。砂に埋めていた帰りの荷物や食料を掘り起こし東屋で泊まる。

5月4日(晴れのち曇り) 南風見田
南風見田の浜は、観光客が昨日よりもずいぶん減って20人くらいだ。昼から奥の浜に移動してテントが張れる場所を探す。隣の住人に声をかけてから整備された空きスペースにテントを張った。ここの場所は、3月に目の前を歩いた時には住んでいる人が居たが、最近出て行ったみたいだ。
テン場の近くを流れる小さな川で、ザックやシュラフカバーなどほとんどの物を洗う。夜、海に入りクモ貝を4個とタカラ貝を捕った。今夜は熱帯夜で暑く汗をかく。

5月5日(曇り時々晴れ) 南風見田
浜でのんびり過ごす。

5月6日(曇り時々晴れ) 南風見田
大原へ向かって歩いている途中、豊原を過ぎた所でカヤックガイドの人が車に乗せてくれた。せっかくなので、古見の野生生物保護センターまで乗せてもらう。見学が終わってからバスで大富に行き、やすみ屋でしょうが焼き定食を食べる。700円でボリュームがあった。
大原の郵便局で荷物を受け取り、余計な物は大原の神社にデポする。買出しをしてテントへ戻った。

5月7日(晴れ) 南風見田
浜でのんびり過ごす。

5月8日(晴れのち曇り) 南風見田
昼からリーフで釣りをするがダメで、泳いで大きなタカセ貝を6個捕った。

5月9日(晴れのち曇り) 南風見田
浜で25センチのコトヒキを釣り、昼にカルパッチョを作って食べる。昼からリーフでルアーを投げていたら、足にルアーを引っ掛ける。針が外れないのでナイフで皮膚を切って外した。サビキ釣りで25センチのアイゴが釣れたので刺身で食べる。

5月10日(曇り) 南風見田
昼から釣り。小物ばかりなのでシャコ貝探し。リーフでシャコ貝を見つけた。

5月11日(晴れ時々小雨) 南風見田
昼過ぎにシュノーケルを持って、離れた場所へ遠征する。シャコ貝を2個とタカセ貝を捕った。

5月12日(曇り) 南風見田
浜でのんびり過ごす。



たらふく べてもまだ、



















パイン畑













石垣空港
5月13日(快晴) 南風見田
牛の放牧場へ行き、キノコ探しをする。白色のキノコが数本採れた。帰り道の途中で、道路わきのアセロラを採って帰る。

夕方からリーフで釣りをする。小さなカニを丸ごと餌にしたら大物がかかった。引きが強いので時間をかけて手前まで寄せると、足元の岩陰に潜り込んでビクともしない。竿をサンゴのすき間にさし込み、急いでモリとシュノーケルを取って来る。

海に入り岩の隙間を覗き込んでもなかなか魚の姿が見えず、10分くらいかかってモリを魚の頭に刺した。50センチのイシガキミーバイだった。刺身、バター焼き、アラ汁でたらふく食べてもまだ余っていた。
夜の10時に南十字星がハッキリと見れた。

5月14日(曇り時々晴れ) 南風見田
気温が29度まで上がりとても暑い。浜でのんびり過ごす。

5月15日(曇りのち晴れ) 南風見田−大原
昼過ぎに南風見田の浜を出発。大原のスーパーで本マグロの刺身を買い、デポを回収して港に行く。東屋には蚊が多く、防波堤に移動。ここにも蚊が多く、虫除けスプレーをかけても蚊の音が気になって一睡もできず朝を迎えた。

5月16日(晴れのち雨) 大原−石垣島
朝の6時から仲間川遊覧船乗り場へ行き、防波堤で1時間ほど寝る。9時から遊覧船に乗り仲間川を見学。
11時の船で石垣島へ行くと雨が降っていた。バスターミナルに荷物を置き、街の中を散策する。
南楽園キャンプ場へバスで移動。テントを張る時、ムーちゃん(キャンパーネーム)がいろいろ教えてくれた。中央の休憩所近くにテントを張り、夜はここの長期キャンパー達と一緒に酒を飲む。ここのキャンパーはみんな外見は濃い感じだけどすぐに慣れた。

5月17日(晴れ時々にわか雨) 石垣島
キャンプ場のレンタサイクル(1日250円)で街へ行く。とても暑く真夏の太陽だ。食べ放題の店ガストロへ行き、焼肉を食べまくる。



西表島、二ヶ月。
サバイバル 生活が、


5月18日(晴れ時々にわか雨) 石垣島
今日もレンタサイクルで街へ。今日も暑いのでエアコンが効いた場所で涼む。 キャンパーが毎日食べに行く食堂さつきに入る。日替わり定食だけセルフサービスとは知らずに座っていたら、 店員に声をかけられた。ご飯と味噌汁はお替り自由で500円。午後から図書館に行き、 インターネットが無料で使えるマルチメディアセンターに行く。夕方、近くのビーチでひと泳ぎしてキャンプ場へ戻る。

5月19日(晴れ時々にわか雨) 石垣島
レンタサイクルで石垣島の中央部を一日かけてぐるっと周る。パイナップル畑にはまだ小さなパイナップルがたくさんあった。

5月20日(雨時々曇り) 石垣島
3年前に西表島の崎山で会った人とキャンプ場でばったり会う。この人は去年の夏に鹿川で過ごし、そこにビーパルの取材が来て、ビーパルに載っていると言っていた。明日、鹿川へ行くそうだ。後日、ビーパルを見たら鹿川に住んでいる様子が書かれていた。
昼にキャンパーに教えてもらった、なかよし食堂で500円のしょうが焼き定食を食べる。

5月21日(晴れ) 石垣島
キャンプ場からバスで空港へ移動。長かった西表島での2ヶ月間サバイバル生活が終わる。昼の飛行機に乗り、夕方には茨城に戻った。

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二ノ沢から見る一ノ倉奥壁全景




南稜フランケ!
南稜フランケ/2002.9/jin

この2、3ケ月、壁の状態が悪くて、まともに登っていない。
週末雨が、多くて日曜晴れでも、結露がひどく登れないという日々が続いている。
流石にフラストレーションもMAXに達しそうなので、谷川辺りでオールフリーで行ける、おもしろそうなルートへ、と思い南稜フランケに遊びに行くことにした。

まだ残暑と言うことで、気温が気掛かりだったが、登っている時はTシャツ一枚で快適♪取り付きで、オブザベーションしてる時は、少し肌寒い位そして岩は、カラカラと文句の付けようのないベストコンディションだった。

1ピッチ目、Jの先行で登りだす。テラスの場所に見当を付け右上。ピンは少ない。

2ピッチ目、S君。草付きを左上後右へ。核心の手前でピッチを切る。狭し。

3ピッチ目、所謂核心部?Jが行く。出だしトラバースぎみ。傾斜もきつく、足下は完全に空間が広がっている。楽しめる所だ。後、直上するが、御他聞にもれず、ピンは少ない。不安になってきた辺りで、やっとリングが出現するという感じだ。


ランナウトの 離は。


4ピッチ目S君。バンドを右に!となっているが釈然とせずルートファインディングを信じて、ロープをのばす。カンテを回り込むところが昔風に言えば、しょっぱい!

5ピッチ目。表記のグレードでは、3ピッチより+、ノーマル、−、とやさしくなっているが、ランナウトの距離は反比例していくので、難しくなって行くように感じた。あの場所で10m近くランナウトした状態でのバランス立ち込みは、エキサイティングだ!

ラストピッチ、傾斜の強いフェースから、かぶりに感じる草付きを乗っ越し、馬の背に出て終了。南稜を懸垂で下降した。

今回は、ヒョングリの滝もカラカラという程のベストコンディンションに恵まれ、いいクライミングが出来た。溜まりに溜まった鬱憤も多少解消された日だった。

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シャモニへ向かう




ヨーロッパ回想
Mt.Matterhorn/2004.7/sato

出発前
出発準備完了。パスポート、航空券、旅の準備、山の準備、忘れ物がないか念入りにチェック。
山の装備が予想以上に嵩張り、しかも重い。100リットルザックがすでにいっぱい。身につけるとさほどでもないのに。
Sさんから待ち合わせのtelがあり、ロジエールキャンプ場のバーの前にテントを張ったとのこと。
まさかキャンプ場内にお酒をだす所があるとは夢にも思わず、目印になる大きな棒があると勝手に誤解。

2004年7月18日
いよいよ出発。3人で無事に戻ってくることを祈りつつ定刻通り成田から離陸。
初めて乗るアシアナ航空の印象は○。機内食おいしい。すべての食事にチューブ入りコチジャンがついてくるのが韓国っぽい。
あっというまに仁川空港到着。1時間強の待ち時間でフランクフルト行きの便に乗る。本を読んでいるうちに無事空港到着。
重い荷物をかかえて中央駅まで地下鉄で移動。予約を入れていた駅前のホテルにチェックインして周辺を散歩。
夕飯を早めにとって爆睡。

7月19日
時差ぼけからか緊張からか、かなり早めに目が覚める。予定より1本早い電車でシャモニに向かうことにする。
朝食時間前だったがだめもとで厨房と交渉してみると2食分は確実にある朝食を持たせてくれた。ラッキー。
途中バーセル、ローザンヌで乗換え。いつの間にか寝てしまい気付くと電車がモントルー駅のプラットホームに入るところ。
乗換えじゃん、あぶなっ。最後の乗換えをしてほっと一息。急な細い坂を上るとようやく山が近づいてきた。
シャモニ・モンブランで下車。待ち合わせ予定のマックに入るとすぐに見知った顔を発見し無事合流。
キャンプ場で荷物をおろし、ようやくほっとする。ここでバー違いに初めて気付く。
初めて目にするるヨーロッパアルプスのスケールの大きさに大興奮。


いよ、 いよ、 いよ。




コスミック山稜


終了点の展望台


ドリュー


タキュルのクレパス

7月20日
コスミック山稜。シャモニからロープウェイで一気に3800mの標高へ。視界不良風強し。
ロープを結んで踏み後をたどる。歩くこと1時間、コスミック小屋の点前で踏み後をはずれ取付きへ向かう。
稜線を登っていくと懸垂下降で手間取る先行パーティー。小1時間ほど待たされる、いつの間にか降ってきた雨、寒いよ。
懸垂下降の後、抜かそうとするが狭くて抜けない。あ〜あ、核心に取付かれてしまった。案の定待たされる。
今度は雹だ、痛いよ。雷もなりだした、ビレイ地点の岩が雷に共鳴してる、怖いよ。
終了点の展望台に駆け上り安全地帯へ逃げ込む。装備をはずしていると駅員に今日はこれで運行中止になるから早くロープウェイに乗れと言われ駆け込む。
怖くて寒かったコスミック山稜であった。

7月21日
夕食までにつけばとゆっくりの出発。ロープウェイの駅は観光客で激コミ、やばいかも。
前日にコスミック小屋の予約でお世話になったベルナデットさんにここでもお世話になり、登山者ということで優先的にロープウェイに乗せてもらった。
無事にコスミック小屋にチェックイン。部屋は我々3人とフランス陸軍。訓練でモンブランに登るとのこと。
別な部屋から日本語が聞こえてきたので「こんにちは〜。」とご挨拶。ん?どこかで見た顔。
なんと水戸葵のY子さんとMさん、こんな偶然あるものだと話に花が咲く。日本の山小屋と違ってマットは1人一枚、食事は小洒落たレストラン並み。美味しい、快適。

7月22日
1時起床。さあいよいよアタック。頭上は満天の星だが遠くに稲光、やな感じ。
最初にでてくるモンブランタキュールへの登りでやや渋滞気味。口をあけたクレバスを飛び越えるのに緊張が走る。
トレーニング不足のせいか高度のせいか足が思うように進まない、もっと富士山に登るべきだったか・・・。
登り切ったところで雪が舞い始め、先へと進むにつれ吹雪となってきた。さらに進むとぞくぞくと引き返してくる先行パーティー。
その中にいた水戸葵のお二人のガイドからこの先誰も登っておらずトレースがないからと引き返すよう言われる。
先頭集団にいた彼らガイド達が相談して引き返す決定をしたようだった。
モンブランを諦め下山を開始、途中同室だったフランス陸軍とすれ違う。
彼らは大きな荷物をもって頂上へと進んでいった、さすが。
ロープウェイで下へと戻ってくるとモンブランの頂上以外は雲一つ無い快晴。悔しい思いを胸にマックに入ると水戸葵のお二人!なんという偶然、大いに話が盛り上がった。



ワンチャンスで れるほど、

小屋の食事


モンブランの雪雲


リッフェルゼーの逆さマッターホルン

7月23日
モンブランの登頂が叶わないままシャモニを後にする。
4810mはワンチャンスで登れるほど甘くはない、と自分に言い聞かす。
電車を乗り継いでツェルマットに到着。マッターホルンはガスの中。テントを張り、早速登山センターへ。
「ヘルンリ稜のコンディションは?」と尋ねると「わかんない。」と。私の英語が下手なのかともう一回。
「私たちはマッターホルンをガイドなしで登りにきたのでルートの状況を教えてくれるとうれしいんだけどぉ・・・。」
「だからわかんないって!」「???」さすがに言葉足らずと思ったのか補足説明をしてくれた。
今年は天気が安定してないのでまだガイド登山も開始してないので誰もルート状況を把握していない。
ガイド登山がいつ開始できるかの見通しすらたってない、とのこと。
え〜!3人で相談し明日の小屋の予約をキャンセルし、変わりに明後日と明々後日の2日間に渡り予約を入れた、これが後になってとてもラッキーなことになるのであった。

7月24日
快晴。リュッヘルホルンへの岩登りとゴルナグラートの観光へと出かける。
展望台は観光客で大賑わい。モンテローザもマッターホルンもくっきり見える。
ハイキングコースを歩きながらリュッヘル・ゼーまで下る。犬が池ではしゃいでいたため逆さマットホルンは見られず、ちっ。
ハイキングコースを外れてリュッヘルホルンの取り付きへ。3ピッチで岩の頂上につく。
観光客がこない静かな場所で景色を堪能、とても贅沢な気分。
マッターホルンの頂上に立てますようにとリュッヘルホルン頂上の十字架に祈る。

7月25日
晴れ。マッターホルンへと出発。ロープウェイでシュバルツゼーへ行き、2時間ほどでヘルンリ小屋へ。
今日からガイド登山が開始され、ルートも問題ないとのこと、ラッキー。
荷物を置いて早速偵察へ。登りだしにはフックスロープ。トレースばっちり、1時間ほど登って戻る。
ヘルンリ小屋の夕食も豪華。スープがとても美味しく、おかわりをお願いしたら快くオッケーしてくれた。


そして、  人同時に。


ヘルンリ稜の取り付き



ソルベイ小屋から稜線上を行く



上から見下ろすヘルンリ稜



マッターホルン頂上(イタリア側)



マッターホルン頂上

7月26日
快晴。3時起床、4時出発。モンブランの時と同じくヘッドランプの列ができている。
それでも平年の半分以下の人数だそうだ。前日の偵察場所まですんなり到着。
周りにいるのはガイド無しのパーティーのみ、ガイドはあっという間に見えなくなる、早っ。
あちこち踏み後があり、どこでも登れそうで判然としなくなる所がいくつか。
ルートを一回はずした時のベルグラ攻撃、ガレ攻撃がとても怖い。
ソルベイ小屋から上の稜線で下りのガイドとすれ違う。巡回のヘリが沢山飛んでおり、そのうち一機がルートとはだいぶはずれた下の方から人を回収するのが見えた。
核心の雪壁はフィックスを利用して登り、最後の雪面を登るとようやくキリスト像(多分)のところへたどり着く。
ツェルマットの町が遠くに小さく見える。休まずそのままイタリア側の頂上へ。こっちは十字架とマリア像(確実)。
3人同時に十字架にタッチ、やったぞー!写真を撮りまくった後にスイス側へもどって大休止。
押し寄せてくる感動、最高だね。

名残惜しいが下山開始。懸垂、懸垂、また懸垂。何十回と懸垂を繰り返す。
いつの間にか夕暮れ、ツェルマットに映る影マッターホルン、なかなか見られるもんじゃない。
ようやくロープをしまい歩き出す。あ、ヘッドランプ壊れた!修理不可能、やばい。
2人にフォローしてもらいゆっくり降りる。ようやく取付きに戻った時間は23時40分。
今日も小屋に予約は入っているはず、眠れる。と思ったら小屋には鍵が・・・。
仕方がないので小屋の前でツエルト張ってビバーク。
誰かがトイレに出てきた隙に小屋へもぐり込み、3時前にようやくベットに横になる。

7月27日
快晴。外のテラスでゆっくりまったり。14時すぎに下山開始。
キャンプ場へ戻り、お土産等々お買い物。さらに荷物が増える・・・重い・・・。

7月28日
快晴。ちょっと贅沢に氷河特急に乗ってツェルマットとお別れ。
その後はトラブル続き。荷物は車両ごと切り離され、パスポートは置き忘れ、飛行機は遅延、予定外の韓国出入国と息をもつかせぬ攻撃。
それでも3人で無事に成田にもどってくることができた。



直前まで ったけれど、



最後に
出発直前まで迷ったけれど、やはり行ってきてよかったと思う。
Kさん、Sさんのお陰で非常に楽しい旅を堪能でき、何と言っても私の3大登りたい山の1つ、マッターホルンをのぼることができた。
シャモニもツェルマットも楽しそうなトレッキングコースが充実しており、また機会があったら行ってみたい。
3大登りたい山の残り2つ、だれか一緒に行ってくれる人が現れることを切に願う今日この頃である。








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梵天岳から南下する尾根のコルにある
モウセンゴケの湿原




















なんてことのない流れが続く















ささやかな湿原に立つ


おいしい沢旅のつくりかた
黒谷川/2004.7/sak

=すまいる=
森はいいね。春は萌え、夏は蝉時雨。 風に唄い、雨の雫は葉を叩き静かに万雷の拍手となる。渓もいいね。ほどよく響き、露はもはや水晶のごとき。 水面に映るはとっておきのイイ顔。すまいるすまいる。

おいしい沢旅のつくりかた@
蒼天の吉日を逃すべからず。それから”すまいる”を忘れずに。




この平 さが、



=火の傍=
平凡な流れ。どこまで行っても何てことない流れが続く。
この平凡さが実にイイ。たまにはドキドキさせられたりハラハラしてもイイんじゃないかと思ったりするけど 平凡な流れが平然と続くのです。
苦悩を感じさせない気概がいいね。到底及びもつかないなあ。

渓の恵みをほんの少しだけ分けて頂き、一方的に居候。こんなわがままホントは叶いっこないんだろうけどね。
それもこれもリリスに感謝。

おいしい沢旅のつくりかたA
ときに自分を見つめて苦笑い。火の傍、肴に囲まれ酩酊するがよし。

=衝動=
明けて本日もすまいるすまいる。どうしたって止まらないね。止められないね。
それには予感があった。
「決めた。あそこに行く。どうしても行く」リリスはそうしてその場所を選んだ。
薮に浮かぶ湿原。それはまさに直感的な衝動。それに抗らうことはできなかった。

=ひとつまみ=
ひと汗かく頃いくつか支流が合わさってくる。そのいずれかがそこへと導いてくれるだろう。
とはいえ薮こぎの覚悟さえあれば怖いものはない。

空梅雨の晴れ間、日差しはもはや夏以上。一気に突き上げる支流はまるで空に続くようだ。
急登が済めば特有の猛烈なヤブ。と思っていたが、まあそれほどでもなかった。ヤブ3級。

おいしい沢旅のつくりかたB
ほんのひとつまみ、薮こぎを入れてみる。決して入れすぎてはいけません。



モウセンゴケの 湿 原。



=モウセンゴケ=
先人はこの場所を「モウセンゴケの湿原」と記した。
池塘の周りに小さな小さな食虫植物が点在していた。それがこの名の由来であろう。
それに習ってそう記す。

そこはせめてもの救いだった。今の自分にはこれが精一杯。
ほんのわずかなときだけど、ほんのささやかなものだけど、薮にポッカリと浮かぶ瓢箪型の湿原で心地よい風 に吹かれた。

=手作りレシピ=
荘厳な森、きらめく渓、やさしい焚、楽しい漁と採。めざす先には薮に原。
せめて今だけ、ここだけででも思いのままに。群青の空に微笑めば渓に濡れるも心地いい。風に吹かれて想い 耽れば自然と道は見えてくる。
そんなときが何ものにも代え難い。

手作りレシピに欠かせないのは最後のひと工夫。それはね、それぞれのかくし味。
さあ、おいしい沢旅のできあがり。
食べ頃は何といっても作りたて。おいしいうちに召し上がれ。


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「見張り塔からずっと」ル−ト全景



















大洞穴から見上げる



9ピッチのフォロ−


クライマックスはいつも
錫杖・見張り塔からずっと/2008.6/sak

「見張り塔からずっと」

それは見張り塔からずっと、終始しなければならない。
その時の永さといったら気が遠くなるほどで、時に目眩を覚える。
宿命。それは、ただただ、塔の上から終始しなければならない事であった。

本峰フェ−ス末端のフリ−ル−ト「見張り塔からずっと」は、北沢フランケを望む北沢大滝から登攀が始まる。
1P・リ−ド
北沢大滝の左、階段状〜ルンゼ。
どうやらこれがル−トミス。
2P目を伸ばすも手がかりのないスラブに行く手を阻まれ、そこからロワ−ダウン+懸垂下降。

2P・リ−ド
少し戻ってカンテを乗り越え、北沢大滝の右岸を行く。
意外と支点は豊富。

3P・フォロ−
大滝上部のスラブ。
U、V級で簡単だが、支点はほとんどない。

4P・リ−ド
スラブを左上。中間支点なし。あと5になって漸く支点を発見。

5P・フォロ−
特徴のない緩傾斜スラブ。

6P・コンテ
緩い傾斜の草付きスラブを中央稜まで。
これから登るル−トの全容が見渡せる。
かなり立って見える。少々不安。道読みと確認も含めて小休止。
ロ−プを出したが、ここまではアプロ−チといっても過言ではない。

7P・コンテ
中央稜から沢筋をトラバ−ス。

8P・リ−ド
下部のルンゼをつめ上げ、大洞穴まで。



そこから のクラックが、



9P・リ−ド
このル−トの実質がここから始まる。
オリジナルは大洞穴に少し入ってから行くらしいが、少々濡れているので入り口左のカンテル−トをとる。
一段上がって少しカブったところにカムで支点がとれる。
上の隠れたカチを拾って、角度を殺した足裁きでそれを越え、時に甘めのホ−ルドも含めたフェ−スを行く。

この高度感。既にフォロ−が見えないので、やはり結構な角度があるのであろう。
ここで、一つ後悔。相棒のストッパ−を借りるのを忘れてしまったことに気付く。
しかたなく岩溝にスリングのコブを食い込ませ支点とする。
ほぼ中間にある松の木で支点とレストができる。

そこから上のクラックがこのピッチのハイライト。
カムで支点を得ながら、ハンドジャムやステミングでの登攀。
NPクライミングの醍醐味といったところか。
緑のテラスにあるハ−ケンと、岩でビレイ。

10P・リ−ド
核心とされるピッチ。
凹角を直上。チョックストン上にたてば右のフェ−スに外傾スタンス。ここをトラバ−スが正解だ。
左のクラックにカムで支点。一歩を踏みだす。

「いやあ、ここかあ。」思わず声が出る。
これは確かに技術的というよりは心理的に辛い。
何しろ支点が取れないので、ここで落ちれば、かなり左に振られ、壁に激突は免れない。
ようやく中間にあるクラックにストッパ−で支点は取れるが、決して信頼に足るものではない。
そこから左上するが、ここも甘めの外傾ホ−ルドに一時、行き詰まる。
普段の研鑽の賜物、忍耐とレストを繰り返し、この難局を乗り越える。
上部スラブに出たらチョット左にチョコンと突き出た展望台がある。
これが見張り塔。このル−ト名の由来なのであろう。支点は丁度そこにある。眺めが最高。
フォロ−を迎えて、小休止とする。

「見張り塔からずっと」

時に見たくもない事象をも見守る他はない。
介入する術もなく無声映画を観るように、ただただ、そこから終始しなければならない。
そこに立つ哨兵は哀れだ。



これほどの ライマックスは、



11P・フォロ−
スラブを岩壁まで。ロ−プの流れによっては落石に注意が必要。

12P・リ−ド
ルンゼを一段上がれば、草付きルンゼ。途中の潅木でピッチを切る。

13P・フォロ−
最終ピッチ。
草付を詰めて、最後のフェ−ス。

最後のフェ−スはクラックにハンドとフットを捻じ込んでいく。
その先の青空に、その向こうの山並みが開ける。そして歓喜。
はたして終了点が錫杖岳の山頂。これほどのクライマックスは、そうない。

「見張り塔からずっと」

そこに、善や悪など意味があるはずもない。
見えるのは事実だけだ。
明と暗、光と影。クライマックスはいつも同じとは限らない。
見張り塔からずっと、いままでもこれからも。


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碧岩・北西壁トポ
碧岩北西壁トポ(記:moto)



西稜よりみた北西壁



北稜より見た北西壁


初登攀
西上州・碧岩北西壁/1983.11/moto


西上州・碧岩北西壁を初登攀したとき、雑誌「山と渓谷」に投稿した。
この記録は山と渓谷の記録速報に掲載された。その時の原文が見つかったのでここに投稿します。
下記は名前以外原文のままです。

ミドリ岩初登攀
1983年11月3日
ACC-J茨城 N、K、moto

ミドリ岩については本誌、山と渓谷532号に神原氏が詳しく紹介しているのでそれを参照していただきたい。


度の緊張。



10月9日 N、moto

昼ごろになって雨が上がり北西壁基部のテラスまで登る。
まず昨年2回にわたり偵察と試登をした地点まで登ることにする。
1P目、枯木の所より取り付き右斜上に登るとブッシュスタンスに立つ。
次に左上のレッジに登ってから左にトラバースするが今日で3度目であるのにこのトラバースは極度に緊張させられる。
2P目、かぶり気味の壁を直上し前回の最高到達点につく。さらに5米位ルートを伸ばしザイルをフィックスして下降する。


10月10日 N、moto

昨日の所からハングとハングの間を右にトラバースしブッシュをホールドに強引にテラスに這い上がる。
3P目、テラスの左よりフェースを直上するが途中でボルトを1本使用する。10米で安定したテラスに出る。


10月23日 K、moto

4P目、テラスから右にトラバースしコケをはがしながらハングの下まで直上する。
ハングの下を左にトラバースしようとするがハーケンがきかない。
だましだましハーケンに体重をかけたがついに抜け3メートルほど転落する。登りなおしてボルトを1本打つ。



今日の成果は、四



10月30日 N、moto

今日は天候が冬型で冷え込みが厳しく居合沢出合の人家の寒暖計は摂氏0度であった。
Nトップでハングの下をさらに左斜上しようとするがやはりハーケンが抜け5メートル転落。
このショックでフィックスザイルの結び目が融着してしまう。
ここはボルトを4本連打してハング左のレッジに立つ。
壁にさがっているツララが1日中解けないこの寒さには耐えきれず早々に下山する。今日は4米しかルートを伸ばせなかった。


11月3日 N、moto

レッジよりハングの一番小さい所を直上し、ハング上を右斜上するとブッシュに入る。偵察で予定しておいた通りのルートである。
このブッシュ帯より頂上に向かってフレンズがききそうな顕著なクラックが伸びている。
我々はブッシュ伝いに右上に登るとテラスに出る。
5P目、テラス上のフェースを登りブッシュのついたジェードルを強引に越すと西稜に飛び出す。
西稜の岩場を登ること20米でミドリ岩頂上に着く。


※岩質は石灰岩であるため特有の脆さがあるがルート上のコケや浮石は整理した。
岩の構成は垂壁かオーバーハングである。したがって岩の弱点から弱点へとルートを伸ばしたため、トラバースの多いルートとなった。
1Pから4P間に於いての転落はすべて空中を飛ばされる。しっかりしたプロテクションが求められないので登攀に際しては充分なる注意が必要である。
我々はA0、A1を多用したがこのルートは岩の弱点をついているため、以外にホールド、スタンスが多く、衝立岩もフリーで登られる現在、このルートもオールフリーでリードされるのもそう遠い事ではないであろう。

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鵜ノ子岬先端から勿来方面を望む


八幡宮


海徳寺に続く細い道につけられた切通し
というよりトンネルに近い



国道6号線の上を渡る


JR常磐線の上を渡る


誰もいない勿来の関公園


茨城県境の山
茨城県境縦走/2007.4−2009.5/ガストン

はじめに
茨城県境の山々を歩いてみました。日にちがバラバラなので読みにくいと思いますが、ご容赦願います。




太平洋 ノ子岬〜


2008.12.21
福島茨城県境東端【太平洋・鵜ノ子岬〜勿来の関公園】

12月21日、自宅を5時に出発し現地に向かう。日立付近でやっと明るくなってくる。

今日は福島茨城県境の東端の部分だ。いままでこの部分は2回ほど偵察したが、急峻な地形と家並みが混んでいて、どこから入山していいか分からない部分がある。
私は県境を反時計回りに歩いているので、この部分も反時計回りに歩きたいという拘りがあった。
解決策として、逆方向から入山し、同じルートを戻る方法をとった。国道6号線から西に300m入った、いわき市九面の住宅地に車を止める。

7時30分、まず西方面、つまり「勿来の関」方面に向かう。
稜線には木が生えているが、かなり細い尾根で、足を滑らせると落ちてしまうほど両側は急である。
常磐線の真上のピークで一休み。良く見ると稜線直下に古い道形がありこれを進む。ヤブや倒木があり決して歩きやすくはない。
すぐに「勿来の関公園」に出、歩きやすくなった踏跡を県境沿いに市道まで歩き、そこから車に引き返す。



道なんか くてもいいのだが。



今日はバイクを持参していないので面倒だが、歩く訓練と思えば苦にならない。
車に戻り、今度は東方面、つまり県境伝いに太平洋まで歩く。

黒浦の集落に出る所が2度の偵察でも分らなかった場所だが、県境沿いに行くと切通しで行き止まりになっている。
懸垂下降でもしなければ降りるのは無理だ。少し戻りお墓の所から「海徳寺」というお寺の裏を通って市道に出た。
お寺までは偵察済みだったが、裏手のお墓の中にルートがあるとは考えもしなかった。わからない筈である。
鵜ノ子岬の少し手前を、県境に沿ってコンクリート階段を登っていくと人家に出てしまった。

他は大きな切通しになっているのでこれしかルートは見いだせない。
黙って通るのも気がひけるので「すみません、通らせてください」と声をかけると「はい、でもどこに行くんですか」「岬まで行きます」
「この先は行けませんよ、岬なら少し下のトンネルから行かないとダメですよ」などの会話をする。トンネルから行くルートは偵察で既に知っている。
この家の人は道がないという意味で話してくれているのは百も承知している。私は道なんかなくてもいいのであり、県境に拘る気持ちもあったが、家の人に従うことにしてトンネルに向かう。

岬はオーバーハングになって海に落ち込んでいた。先端に県境の杭が打ち込んであり、多分この真下は海中だろう。ドーンドーンという潮騒が聞こえ、広い海原も私は大好きだ。
ここから西方面に向かって縦走開始。といっても、先ほど歩いてきた道を忠実に戻るだけだ。

すぐに「八幡宮」という結構立派な神社に出た。歴史ある趣のある神社でお参りをする。
料亭のわきの小さなトンネルから市道に出て、細い道からお寺に出、裏のお墓から国道6号線のトンネルの上を進む。古い道形があるもヤブがうるさい。
この付近には不明瞭ながら土盛があった。最後は祠が2つあるピークから車に降りた。10時30分着。

家に帰ってから思うことだが、やはり県境に拘るべきだったと後悔している。
八幡宮から稜線上を人家のすぐ上まで来て、また八幡宮に戻るというルートで、もう一度行ってみようと思う。

蛇足だが、黒浦の市道に出たところに「大黒水産」っていう名前だっけかなあ、「さつま揚げ」などを製造販売している店があった。
お客の車が何台も止まっており、人気の店のようだった。興味が湧き私も覗いてみた。
袋に入ったものを指差して「これは何ですか」と聞いたら「イカゲソ揚げ」だと言う。食べたことないので一袋(1000円)買って食べたらこれが大当たりで、とても美味しかった。
さつま揚げの中にイカゲソが入っているような物で、量もたくさん入っており、家族にも好評で、私は高いと思ったがカミさんは安いと言っていた。

歩行時間 約3時間     歩行距離 約8、5km




福島県側は波が岩に砕け散っていた

複雑な茨城・福島県境
宮付近〜


2009.2.17
福島茨城県境【八幡宮付近・歩き直し】

本日はまだ時間があるので、過日歩き残した平潟港の近くに行く。
神社から尾根に出て、国道6号方面に向かって歩く。


イカゲソ揚げの 店。



福島県側は、太平洋の荒波が岸壁を洗っており、結構迫力のある景色が見られた。
ちょっと地形が複雑でルートを探しながら進むと、見覚えのある、先日引き返した人家が真下に見えたので、そこから神社に引き返した。

例の「イカゲソ揚げ」の店名は、大黒水産ではなく大黒屋水産でした。
歩行距離 1,2km      歩行時間 25分




湿地帯の奥には棚田の跡が残っている


スネまで潜る湿地帯に泥だらけになった


五浦庭園カントリークラブの、この辺りが県境
勿来の 公園〜


2009.1.3
福島茨城県境【勿来の関公園〜県道10号線】

1月3日、先日の隣、つまり勿来の関公園から県道10号線までを歩いた。
この区間の県境は、なぜこんなに複雑に入り込んでいるのだろうと、以前から興味を持っていたところである。
地図による地形からして湿地帯であることは予想できたので沢登りの足まわりとした。

8時、市道からの入口付近には、鶏舎か豚舎があるので少し西側から入山する。
最初から凄いヤブ。尾根に上がると立派な道があるが、これは送電線鉄塔の巡視路なので利用価値がない。
県境は湿地帯の回りをクネクネと行くのであるが、ヤブが濃くて進むのが大変。

下の平らな場所を進もうとすると、今度はスネまで潜る湿地帯の中に、葦と茅が密生している。
湿地帯の奥には棚田の跡が残っていることから昔は田圃であったようだ。


なぜ県 はこんな形に。


しかし県境は山と湿地帯のコンタクトラインではなく、斜面の中腹を通っている。
県境がなぜこんな形になったのかは解明できなかった。

五浦庭園カントリークラブは、入口だけが茨城県で他は福島県であった。
昨日から風邪声だったが、今日は鼻水が止まらず、花粉症にしては時期が早すぎる。
体が非常にだるく熱っぽい。風邪をひいたのかもしれない。場所によっては西風が強く、寒さを感じた。
早くバイクまで行きたいが地図を見てもまだ結構距離がある。

うなぎの寝床は終了したが、なんとしてもバイクのデポ地点までは歩かなければならない。
またヤブに突入するも悪戦苦闘。それも長くは続かずやがて常磐高速の下を潜り、五浦庭園カントリークラブの別荘地のわきから稜線沿いに県道10号線に出た。15時。

歩行時間 7時間   歩行距離 15km  ヤブグレード 4級










195,4m三角点



379,1m三角点
2009.1.11
福島茨城県境【県道10号線〜平袖】

1月11日、県道10号線から平袖までを歩いた。
いわき市瀬戸町東瀬戸から西にのびる林道を利用してバイクをデポしようとしたが、林道入口に車止めがしてあり進入できない。
この辺りの林道はすべて偵察済みなのだが、当初の予定ではこの林道を使用する計画はなかったので、ここだけは偵察をしていなかったのである。
皮肉なものである。
地図を眺めながらデポ地を急遽、北茨城市関本町平袖に変更することにした。
ミニバイクをデポするには、立木とか金属に鎖で固定できなければ不用心なので、適地を探すが見つからず、車をデポすることにした。
早朝に入山点までバイクで移動するのはかなり寒かった。

出発9時。最初から100m弱のコブを3つ越すと息があがる。特記するようなこともなく薄いヤブを進むだけだ。
尾根に出ると概ね踏跡はあった。ただルートがわかりにくいところがあって、2度もルートミスをして登り返すヘマをやらかした。
写真を撮る被写体もなく、三角点くらいしか写すものがない。右手には林道が通っている。


ストックで 戦しようと身構えた。



近くに人家があるのだろうか、犬が盛んに吠えている。
そのうち声が大きくなってきたかと思いきや、犬が追いかけてきた。俺を追いかけてきたのかと、飛びかかってきたらストックで応戦しようと身構えた。
しかしその犬は、吠えながら俺を追い越して先に進んでいってしまった。ちょっと拍子抜けした。

県境を歩いていて動物に会うことはタマにあるが、県境がハイキングコースになっているところ以外で人間に会うことは皆無だ。
ヤブをガサゴソやっていたら、寝ていたところを起こしたのか猪が飛び出してきたこともある。私は臆病なので心臓が止まる思いをする。

やがて、地形図に記してある平袖集落に続いている道に出た。完全に廃道だが道形は残っており、難なく集落まで降りられた。
そこから舗装道路を10数分歩いて車着13時。
今日は用事があり、急いで家に戻らなければならない。
高速を利用したら、登山口から自宅まで1時間半しかかからなかった。お金はかかるけどやはり便利だ。

歩行時間 約4時間   歩行距離 11,2km





ひっそりと静まり返った大丸山頂上。
ヤブが無いのはこの部分だけ




この林道で今日の縦走は終わりにした
2009.2.15
福島茨城県境【平袖〜弥太郎坂】

2月15日、平袖から弥太郎坂付近の林道までを歩いた。
平袖の廃道になった林道に車を止め歩き出す。
約10分位で先日倒木を並べて目印にしておいた県境に着く。

歩き出すとすぐに土盛が現れた。この土盛は福島県側から続いてきていた。
途中、猪の泥風呂があった。いままでいくつも見てきたが、実に上手く作るものである。
それに、鼻がきくとはいえ尾根筋でも掘れば水の出てくる場所がよく分かるものだ。

大丸山分岐までモクモクと歩く。土盛は大丸山分岐で県境から外れ大丸山方面に延び、大丸山手前でさらに右方向に分かれていた。
大丸山を往復する。


謎の 盛り。



大丸山は頂上部分だけヤブが切り開かれ、頂上標識だけが一人さびしくポツンと立っていた。
分岐に戻り再び歩き出すと、また直ぐに土盛が現れた。

県境には珍しく岩っぽいところがある。誰が積んだのか、ケルンの小さいのが2つ積んであった。
県境は篠竹、熊笹、灌木などに覆われ歩きにくいので、歩きやすい所を探しながら進む。
特に目を突かないようヘルメットとメガネをつける。それでも顔にキズを作ってしまうのはしかたのないことなのだろうか。
場所によってイバラの密生箇所があるのだが、時々こういう所に入り込んでしまい最悪の状態になる。
顔は疎か全身引?きキズだらけ、シャツとズボンはボロボロとなる。

やがて土盛はまた県境からそれていった。これといった特徴もなく、ただヤブのコブの登り降りで本日終了予定の林道に着いた。
地形図にはもちろん、どんな道路地図にも載っている「弥太郎坂」という地名。
なんか謂われがあるのだろうけど、今は廃道と化している。

オーナーを待っていてくれたバイクの前で、例の加熱剤を使って「おしるこ」を無事作り上げた。
火事の心配はないけど、私は総合的に考えて、コンロの方が断然良いと感じている。

歩行距離 11km       歩行時間 4時間20分








こんな場所にも目印があった。
自分と同じ物好きがいることは前から感じていたが、
県境の山中で人と会ったことはまだ一度もない

太郎坂〜



2009.4.5
福島茨城県境【弥太郎坂〜四時川】

4月5日、弥太郎坂付近から四時川に降りる部分に行った。
前日に日立で集まりがあり、夜遅くまで飲んで山談義に花が咲いたので、目が覚めたのが七時であった。
まだ寝ぼけていたのだろうか、知り尽しているはずの林道アプローチで間違いをする。
まわりの景色は見覚えがあるものの、多いはずの四時川の水量があまりにも少ないのだ。

ある地点の分岐点で、間違いにやっと気が付くといった体たらく。
こちらのほうは最近雪が降ったようで、日陰には10センチくらいの積雪がある。
林道には雪による倒木が多く、退けたり折ったり大変だった。まあ遠回りしたけど10時頃には出発点に辿り着く。
10時10分出発。


スリップすると まりそうもなく、



今日のルートはヤブっぽいものの、こんなところにも微かな踏跡と目印があった。
積雪とヤブによりルート間違いを度々する。

四時川への下降は傾斜もあり、スリップすると止まりそうもないのでピンソールをつける。
こういう所ではピンソールは抜群の威力を発揮する。
スリップの不安から解消されて安定した歩行で四時川に降り立つ。
釣り人がいたので少々お話をする。水温が低すぎてか釣果はないという。

少し先に徒渉できそうな場所があったので、沢靴に履き替えて水に入る。
足が切れるほど冷たくて、ここまで来てやっと目が覚めた感じがした。
先ほどの釣り人が言っていたことに納得した。林道に上がると我車はすぐそこだった。12時15分着。

歩行距離 4.4km   歩行時間 2時間5分



四時川 行〜





茨城北端図
2008.7.6
福島茨城県境【四時川遡行〜茨城北端】

7月6日、久しぶりに茨城福島県境に行ってきた。
現地は5日夕方までは強い雷雨があったようだが18時ころには止んだので急遽行くことにした。
道の駅「はなわ」まで車で行き仮眠。早朝4時半にはバイクで出発する。

今回は県境の沢の部分。北茨城市といわき市の境になっている四時川の一部分である。
太平洋から続いてきた県境が沢に降りるヶ所から、また尾根に移る所までの間とする。
遡行終了地点とおもわれる集落にバイクをデポしようとするが、場所がない。
すると一人のおじさんが農作業をしていたのでひとしきり県境について話してみた。
結局このおじさんの家の庭に置いてくれることになった。

沢沿いの林道を入渓地点まで下る。二俣には釣り人がいたが、まったく釣れないと帰るところだった。
二俣下流は結構な水量で徒渉は本気を出さないと、ぶん流されてしまいそうだった。県境は右俣なので右俣に入る。
水量はグンと減り徒渉は問題なし。しかし想像していた通りなにもない。

上流の集落の生活排水が入っているため水もきたない。滝と言えば言えなくもない滝が2m、4m、2mの三本くらいあったかな。
2時間の遡行で終了。県境が再び尾根に上がる地点を探すが、杭はみつからなかった。
今回は写真なし。特に報告すべきところもなし。ただ歩いただけといった感じ。

バイクデポ地点ー1時間ー入渓ー2時間ー遡行終了





気持ちの良い笹原にドッカと座り込む


河川工事をしていない、自分が子供の頃の小川


県道27号線に出た所


県道27号線に出た所


25センチ位の美しいヤマメ。
食べる予定がないのでリリースした

四時川



2009.5.3
福島茨城県境【北茨城市関本町小川・茨城北端〜四時川上流】

5月3日、北茨城市関本町小川を北から半時計回りに半周した。
5時5分、緯度から言っても、茨城県では一番北になる場所から歩き出す。
最近の間伐で切りっぱなしになっており、どこを歩いたら良いか困るほどである。
切られたコシアブラの芽が、まだ青々としているので、この1〜2日に切られたものと考える。
まもなく丈の低い熊笹の気持ちよい緩傾斜地となった。一軒家の庭を通って定波から北に続く市道にでる。


今日のコースはアップダウンが特に激しい。
子供の頃を思い出す昔の小川、巨大な鶏舎、使われていない牧場などを見ながら県道27号線を目指す。


27号線を突っ切り、701mのコブ付近には土盛があった。
土盛には直径30センチ以上の木が生えており、この土盛はいったい何年前に作られたものなのだろう。
やはり土盛は県境とは関係ないようで、県境からそれていった。


ここから四時川の支流に下りたり、コブに登ったりを何回も繰り返し、非常に疲れた。
2万5千図でいうと、関本町小川の南に書いてある、四時川という字の四の字付近で、去年の8月3日に遡行した線と繋がったことになる。
近くに置いたマイカーまで歩く。10時着。
すぐに車で、今朝出発した地点から南東1キロの所に戻る。
ここも去年の夏に遡行したが、地図を良く見ると、県境は川の中ではなく、右岸の少し高いところのようだ。
ここを歩きなおすのであるが、なぜ今朝ここから出発しなかったかというと、人家が近くにあり、早朝から山をガサゴソやっていると、犬に吠えられ怪しまれるのを恐れたからである。
10時25分、今朝の出発地点目指して歩き出すと、県境はヤブの急斜面をトラバースしており、さらに小さな牧場の鉄条網などもあって、歩き続ける意味もないので、
人家の先から下の道路に降りて今朝のバイクデポ地点まで歩いた。11時着。

歩行距離 11,7km   歩行時間 5時間30分


時間があるので、県境縦走の折、狙いをつけておいたポイントで、渓流釣りをしてみた。
釣果はダメで、25センチのヤマメ一尾と、小物一尾だけでした。
魚影は濃いので、釣りの上手な人は釣れるでしょう。
ポイントまで結構歩きます。私はバイクを使って入りました。
明日まで休みなのだが、本日は疲れたし、魚も釣れないので今日帰ることにした。
釣りには又来てみようと思う。





少し沢登りの雰囲気もするこういう滝もあった。


栄蔵室の指導標(距離の誤差が大きい)


茨城県最高峰と記してある。
県境を有しない頂では、という意味であろうが、
なんか肩書きが欲しいらしい



栄蔵室北登山口にあった案内板




2008.8.3
茨城福島県境【北茨城市関本町小川・四時川上流〜北茨城市と高萩市の分岐点&栄蔵室ハイキング】

8月3日。茨城福島県境。暑いけど沢の部分だけは夏のうちに踏破しておきたい。
いままでの何回かの偵察でわかったことだが、栃木県との県境と比べると福島県境は山が深く林道も少ない。
それに車止めで入れない所が多い。歩いて入山点に戻ることは殆どできない。
今回の部分もすでに偵察済みで、下山予定地の栄蔵室北登山口で仮眠する。


滝や もあり、



早朝バイクをデポして入渓点の関本町小川に行く。これも偵察済みの所に駐車。5時半入渓。
今回の場所は前回遡行した四時川の左俣上流にあたるところである。
水量は結構ある。川に沿って踏跡があり最近も使われているようだ。
滝や釜もあり沢登りらしい雰囲気もある。
ただ早朝ということもあって非常に暗い。

明るくなるにつれて分かってきたことであるが、この川は魚影が非常に濃い。
もの凄くたくさんいる。岩魚ではなく山女魚ではないかな。
魚影は水源ちかくまで濃かった。いや水源ちかくの方が濃いといってもよいくらいだ。
ただし両岸からヤブが生い茂り、釣りはできないだろう。
下の方は良きポイントも多く竿を出せるので、踏跡はおそらく釣り人のものだろう。
つり好きの人には期待をもたせたが、残念なことに魚は小さいものばかりだ。
こんな川にこれだけの魚影ではエサ不足で大きくなれないのではなかろうか。

ヤブコギの沢登りに疲れた頃、本日の終了点に着いた。
遡行時間2時間半。
汗まみれのヤブコギで全身どろだらけであった。
せっかくここまできたのだから栄蔵室の頂上に向う。
頂上へのルートもすでに偵察済みである。
頂上で一休みしてから北登山口に下りた。9時30分着。

歩行時間 4時間   歩行距離 12,2km




畳とストーブがある快適な小屋。
鍵もかかっていない



アイスバーンになった県道111号線の県境付近


ここから立派な土盛が始まった。
いつ、だれが、なんのために?



寂しそうな800,8mの三角点
2008.12.28
福島茨城県境【県道111号線〜市道(岡見〜矢塚線)】

12月28日。県道111号線から市道(岡見〜矢塚線)(仮称)の間を歩いた。
自宅出発5時。現地は先日降った雪がアイスバーンになり、道路は危ない状況だったが、そこはそれ4駆の車なのでガンガン行く。
市道から少し入った林道にバイクをデポし、県道111号線県境近くの林道入口の車止めまで行く。車止め出発7時20分。
ビバークに最高と思う、畳やストーブまである作業小屋を見たりしながら、栄蔵室西方1キロの県境突入点まで約40分、林道を歩く。
ここは8月3日に沢から来ているので迷うことはない。
8月の時は、相当のヤブを覚悟したが、いまの時期は葉が落ちて見通しも良い。低山はやはり冬枯れの時期がいい。

いつものことだが数十mのコブが無数にあり、一つひとつ根気よく越して行く。多いときだと一日で100くらいのコブを超す。
時々進退窮まる猛烈なヤブに出くわすが、長くは続かないということが、いままでの経験からわかってきた。
こんなヤブに遭ったら、焦らず、目を突かないよう慎重に、且つ根気よく進めば必ず活路が開ける。
今日の積雪は約10センチで、踏跡があっても隠れてしまいまったくわからない。
やがて県道111号線の県境まで戻り、そのまま市道を目指す。


の土盛りは何時、誰が。


途中から土盛が現れる。土盛が現れるとルートファインディングが必要なくなるが、土盛は必ずしも県境だけとは限らないので、油断してはいけない。
現在地確認は絶対に怠ってはいけないのだ。
いったいこの土盛は、いつ、だれが、なんの目的で作ったのか是非知りたいものだ。

猪がエサを探してほじくり返した跡がたくさんある。
県境から少し離れた800、8mの三角点を探す。
一番高い所より少し下がった場所に見つかった。
最後はバイクをデポした林道を少し歩きバイク着、10時20分。
本日の核心部はこの後だった。

車でアイスバーンを走るのは、そんなに恐いと思わなかったが、バイクで走るのがこんなに怖いものだとは。
ツルツルで足をついても、その足が滑るので、どうしたらよいのか分からない。
特に下り道なんか止ろうにも止まれない。
とにもかくにも、転倒だけは避けられたので良かったが、すんごく恐い思いをした。もうケガだけはコリゴリだ。
山にはいくら雪があってもかまわないが、道路には無いにこしたことはない。
この状態はしばらく続くだろうから、1〜2月は標高500m以下の場所を選ばなければなるまい。

歩行時間  3時間     歩行距離  9,5km


国道349




三鈷室山山頂コース入口まで4168m
里川宿まで4444m
どうやってこの距離をはかったのだろうか?




山頂まで2590m
あと10mずらして建てて2600mと書くのが普通じゃない?
この山の道標すべてがこの調子でユニークであった。




バイクをデポさせてもらった神社(無断ですが)
2008.4.6
福島茨城県境【市道(岡見〜矢塚線)〜国道349号線】

4月5日、日立に用事があり、ここまで来てなにもしないで帰るのももったいない、という訳で、近くの県境を歩くことにした。
5日は数名で盛り上がり、酒宴が終わったのが(抜け出したのが)22時。飲酒運転なんて論外なので、朝まで車中で寝て早朝出発する。
塙町国見と常陸太田市矢塚を結ぶ林道から国道349号線までを歩くつもりだ。

4月6日、5時5分発。
福島県境を歩くのは初めてなので少し緊張した。
栃木県境とはどう違うのだろうか。


万里の長



境杭は見つからないものの県境はすぐにわかった。
それは雪に置き換えたらナイフエッジと呼びたくなるような高さ1〜3mの細い尾根が続いているからであった。
初めこの地形はどのようにしてできたのか不思議に思い、いろいろ考えながら歩いていた。
この地形は切れ目なく延々と続き、盛土であることがわかった。
いつの時代にどれだけの手間ひまをかけて作ったのだろうか。
万里の長城の縮小版といっては少しオーバーか。

ヤブは、ほんの一部刈り払いはしてあるものの、総じて栃木県境よりは濃くて歩きにくい。
茨城側と福島側の歩きやすい方を選びながら進む。
ルートファインディングの必要はまったくなく、長城に沿って歩けばよいだけなので飽きてしまう。

やがて三鈷室山に着いた。ドコモの中継基地があった。ここから3キロ以上、登山道と林道が使え時間短縮ができた。
さすがの長城も、矢祭町道清と矢祭町追分を結ぶ舗装道を過ぎると不明瞭になってきた。
木に赤ペンキで所どころマーキングがしてある。
これが県境の目印かと探しながら進む。そのうちマーキングは県境から外れていた。
いったい何のマーキングなのだろう。不明瞭ながらも長城は続いており、きっと福島県は長城で囲まれているのかも知れない。
最後は神社の境内に降りた。ルーファイぴったんこだった。

実はこの神社にバイクをデポしておいたのだ。11時着。
バイクを置かせていただいたお礼にお賽銭をはずむ。
なに!いくらかって!俺はいつもは5円(ご縁)だが10円にしたんだよ、文句あっか。
なに!少ないって!余計なお世話!俺にとっては大金なんだから。

ヤブグレード 1〜3級  
歩行時間 5時間55分  
歩行距離 17km






ボルダーによさそうな、
ダルマさんを斜め後ろから見たような岩







ヤブに埋もれた祠






ヤブのなかにひっそりと建つ石仏。
大山神と書いてある

2008.9.28
福島茨城県境【国道349号線〜高久】

9月28日。福島茨城県境では初めて挫折感というものを味わった。
予定したコースを踏破できなかったのである。

国道349号線明神峠から国道118号線矢祭山までを予定したが、精魂尽き果て高久付近で下山した。
いつも迷うことであるが、一日どのくらいの距離を歩けるかはヤブの濃淡によって決まる。
濃いか薄いかは行ってみなけりゃ分らない。今回は欲張って大失敗だった。

前夜、使いなれた道の駅「だいご」で寝て、早朝、車を下野宮付近にデポ、バイクで明神峠に行く。
歩き出すとかなりのヤブ。いままでの経験から、県境ではヤブが濃くとも、そうは長く続かないはずだ。
しかし行けども行けどもヤブは続き、約1キロも歩いたろうか、疲れ果てて座り込んでしまった。
この調子では明るいうちに車まで辿り着けないだろう。

西側に林道があったのでしばらくこれを歩く。
林道が県境から離れる所から再びヤブに突入。
佳老山を右に見て、しばらく進むと、ゼネラルカントリークラブゴルフ場の北で県境が90度右折する。
ここで左の林道に下りて県道195号から県境に戻る。
ここでまた座り込み地図とにらめっこ。


イバラの 薮に。



ここは今日のコースの約中間点で、車に行くにもバイクに戻るにも、かなり遠回りをしなければならず、歩いてのエスケープは無理だ。
しかたない、もう少し頑張らなければダメだ。またヤブに突入するもこれまた凄い。
2m先も見えない、篠竹の密ヤブ。

この辺りのヤブ山も昔は人が登ったのだろう。ヤブに埋もれて祠や石仏があった。
別に探しもしなかったのだけれど、歩く目の前だけにあっただけ採取したが、10本の立派なウラベニホテイシメジをゲットした。
送電線鉄塔を過ぎると俄然道が良くなり気を良くしたが、それも束の間、その道は鉄塔の監視路で県境からすぐにそれてしまった。
高久付近で県境は沢沿いを行くようになる。

沢に下りたらヤブも最悪のイバラの密ヤブに変わる。これにはまいった。ズボンもシャツもボロボロになる。
古い林道に出るとおじいさんが歩いてきた。
昔はこの奥に家が7軒あったが、今はみんな下に降りていなくなってしまったそうだ。
矢祭山まで行こうとここまで来たんだけど、と話したら「無理だ、明るいうちには行けねーよ」と言う。
地図を見ると、ここからなら道路を4キロも歩けば車に行けそうだ。
4分の3しか歩いていないが、ここで縦走を打ち切ることにした。

ちなみに今回の場所には例の土盛はまったく見られなかった。
車に向かう足取りは、挫折感一杯で、トボトボと情けない格好だったに違いない。

歩行時間 約8時間   歩行距離 約20km
ヤブグレード  4級




音山



観音山山頂の三角点
2009.3.15
福島茨城県境【観音山付近・歩き直し】

体力も時間も残っているので、歩き直しの場所に行くことにする。
国道349号線明神峠の北西、観音山付近である。
去年の9月、ヤブに疲れ果て林道を歩いた部分だ。

矢倉という集落のはずれに車止めがあり、ここからバイクで林道を登る。
適当なところにバイクをデポし、入山点を目指す、12時30分。
県境に入ると相変わらずヤブがうるさい。観音山は三角点があっただけで、頂上標識はなかった。
細かいコブが多く登り降りが忙しい。見覚えのある地点から林道に降り、バイクまで戻った、14時10分。

歩行距離 5,4km    歩行時間 1時間40分




この祠から県道195号線に向って
雪辱歩行

2009.3.15
福島茨城県境【県道195号線付近・歩き直し】

ついでに、もう一か所歩き直すことにした。
観音山から少し北西の県道195号線の部分だ。これも前述と同じ日に、ヤブに負けて林道に下りた所である。


きだな。という顔で、



14時40分、県道の路肩に車を止めてヘルメット姿で歩きだしたら、おじさんに声をかけられた。
「どこへ行くんだね」「そこのヤブ山に登るんです」物好きだなというような顔で、車のナンバーを見ながら「土浦から来たんかね」
「はい」「うちの娘が土浦に住んでんだよ」「あ、そうなの〜」・・・・・・・などなどの会話をする。

まずは前回確認した古い石祠まで登る。茨城ゼネラルゴルフ場がすぐ南に見える。
ここから県道195号線県境までヤブ中を歩く。
このように歩き直すんだったら、なぜあのとき、もっと頑張れなかったんだろう、と自分がなさけなく家では思っていたが、 こうして再び来てみると、ヤブのうるささから、あのときはやはり巻いて正解だったような気がする。
だって、巻いてもあの時は目的地まで辿り着けなかったんだから。

今日も3本目になると、さすが疲労のため足が前に出なくなってきた。
車着15時15分。
快い疲労感と共に、今日は心身ともに頑張ったような気がした。

歩行距離 1,4km    歩行時間 35分




尾根に出たすぐのピークにあった、
祠と登山記念標




418.9mにあった、古くて立派な祠
2008.10.5
福島茨城県境【高久〜国道118号線】

時間があるので前回歩き残した部分(高久〜国道118号線)を歩くことにした。
矢祭町高地原という集落のコスモス畑の中に、作業中だったおじさんの許可を得てバイクをデポする。
高久に移動し、すぐに歩き始める。9:45発。

いばらのヤブはボロ雨具で対処しようと準備万端。
しかし、歩き始めると林道が続いておりヤブはない。
まもなく下草のない植林地を登って尾根にでる。踏跡がある。
ヤブも薄く歩きやすい。なぜ前回縦走を打ち切った場所を境に、こうも違うのだろうか。
すぐのピークに祠と登山記念の標が建っていた。418,9mにも古いが立派な祠があった。キノコのゲットは残念ながら無し。
足が痛くて辛いほどの急斜面を降りると水郡線の線路に出た。近くに道がない。
電車が来るのではと、ヒヤヒヤしながら線路上を走るようにして歩きバイクに戻る。
11:40着

歩行時間 1時間55分  歩行距離 4、5km
ヤブグレード 1〜2級

今回歩いた近くで、道路から歩いて5分くらいの場所に、一面コシアブラばかりという山があった。
この辺りまでくるとたくさんあるものだ。でも自宅からは遠すぎるなあ。



熊野神社にあった看板


止屋場の東のピークにあった祠


山ノ神の石碑


大神宮山


県道196号線に出て終了
2009.2.11
福島茨城県境【国道118号線〜県道196号線】


最近、一人で歩いていて単独行の良さが少しずつ分かってきた。

その日になって中止しても、急に行くことにしても誰にも気兼ねがいらない。
パートナーに対する気遣いが必要ない、という気楽さが非常に心地よく感じられる。


今日(2月11日)は国道118号線から県道196号線の区間。

入山口に猛犬がおり、凄く吠えるので来るのを敬遠していた所だ。
偵察の時は、あまりの吠え方に怪しい者と思ったのか近所の人たちが飛び出してきた。
今回はそれほどでもなかったが、でもけっこう吠えられた。

歩き出しからいきなり標高差150mの登りは息が切れる。
それだけ登ったのに左側の高田という集落は、標高が高くて庭先を歩いている感じである。
稜線は概ね踏跡があるが、払った枝や葉が積もっていて、そんなに歩きやすくはない。

熊野神社というお堂があった。

送電線先の期待していた(距離が稼げるのではと)仕事道はヤブに覆われていた。
左下には地図にない真新しい舗装道がある。
地図にないので、どこに繋がっているのかわからないため利用できず、忠実に稜線を歩く。
その先工事中の林道を少し歩いてから、2万5千地形図上の止屋場という字の東側のコブに登るが、凄く急で堪えた。

ピークには祠があった。大神宮山分岐までコブの登り降りを繰り返す。
大神宮山を往復する。同じ名前の山がすぐ西にある。
むこうは登山道と展望台があるが、こちらは道もなく不遇な山である。

三角点は頂上より少し低い所にあった。少しは訪れる人もいるらしく小さな道標が2つあった。
林道茗荷古屋敷線(仮称)を過ぎたところで長い休憩をとる。
私が単独行のときに長い休みを取ることは殆どないが、今日は訳あって取ったのだ。
それは水を注げば発熱する加熱剤の実験をするためだ。
実験結果は、火を使わないので火事の心配もなく、良く発熱するのでマアマアという結論を得た。
しかし、私が持ってきた「カップしるこ」の作り方を読んでみると、それは電子レンジ用で、お湯を入れるタイプの物ではなかった。
モチも餡も真空パックになっていたので、水を注ぐ前に気がつけば食べられたのに。
カップを見ただけで、お湯をいれれば良いと早合点をして買ってきてしまったのだ、残念。

再び歩き出すと、県道196号線は指呼の間であった。

歩行距離 12,5km   歩行時間 6時間(約1時間の休憩含む)







池の平のピーク。
壊れかかった指導標だけポツンと建っていた。




八溝山頂上のお城のような
有料(100円)展望台




いままで見た中で、番かわいい小さな県境杭(一編4cmくらい)が続いていた。



大神宮山にある展望台?
(周りの木々が大きくなったためか眺めはイマイチ)




これが3県境とは情けなや!!熊笹を掻き分けて写真を撮った。



裏側にも書き込みがあった。
表も裏も書いた人は同じようだ。
茨城は(イバラギではなくイバラキ)ですよ、
よろしくね!!!





2008.9.6
福島茨城県境【県道196号線〜茨城福島栃木3県境】

4日〜6日と予定していた唐沢幕岩登攀も、この天候不安定により中止した。
4日は北茨城市の七ツ滝のシャワークライミングを楽しんだ。
その記録は相棒のSAKからアップされると思う。

さて6日は県境に行ってきた。県道196号線から茨城福島栃木3県分岐点までである。
私のように反時計回りに県境を歩いている者にとっては、この区間が一番標高差(700m弱)があり、キツイところでもある。
しかし、登山道があるので思っていたほど苦しくはなかった。

道の駅「だいご」で前夜寝る。
早朝、車を八溝山頂上にデポし、バイクで入山点へ。
早速ヤブに突入。ヤブが濡れているので雨具を着るが暑いのなんのって・・・

大神宮山まではヤブコギと思いきや、道がついており歩きやすかった。


大神宮山からはしっかりした登山道でガンガン行く。
大神宮山までは気がつかなかったが、例の土盛が出てきて、これは延々3県境まで続いていた。
やはり福島県はこの土盛で囲んであるのだろうな、きっと。
大神宮山から高笹山を過ぎ2時間弱で池の平に着く。

そこから約1時間で八溝山。
頂上まで車で来られるので4〜5人の観光客がいた。
県境縦走で人と会うのは、道路か登山道でしかない。
ヤブの中で会うことは皆無だ。



県境の すら、



かなり深い熊笹の中を3県分岐に向って進む。
道は無いので土盛の上を歩く。
なんと言ったって3県分岐点だよ。
なんかしっかりした石標かなにかが建っているものと勝手に思い込んでいた。

地図とにらめっこしながら絶対にこの辺だと、胸まである熊笹を掻き分けて探すが何もない。
県境の杭すら無い。鳥獣保護区の看板しかない。
同好の人が書いたのであろう、この看板に3県境と書いてあった。

ここまで来たら急に雲行きが怪しくなって、雨が降ってきたので、あとはひたすら道路を歩いて車に戻った。
歩行時間 約6時間20分   歩行距離 15km強






県境付近の地図にない林道。
左側が土盛






縦走途中から見えた八溝山方面
2008.10.5
栃木茨城県境【茨城福島栃木3県分岐点〜県道28号線】

10月5日、常宿(?)である道の駅「だいご」を早朝出て、県道28号線の県境に行く。
ここに車をデポしバイクにて八溝山に登る。

7:00、三県境200m下発。
そうとうのヤブを覚悟していたが踏跡もあり足がはかどる。
間もなく地図には無い林道が県境に沿って出来ており、これを歩く。
結局半分以上はこの林道歩きで通過することになった。
途中にあるピークに登ってみたがなにもなかった。


ナゾは まるばかり。



今回のルートには土盛があった。いままで土盛は福島県境だけと思っていたが、栃木との県境にもあることがわかった。
これは、いつ、誰が、どういう経緯で作ったのかナゾは深まるばかりである。
かなり古いものであることは想像できる。これといった障害もなく順調に車に着いた。
8:05着。

急いで八溝山のバイクの回収に向かう。
登山の時間帯はこれからのようで、登山口には観光バスで来た大勢の人で賑わっていた。
八溝山に登る道路は、雪が降るとしばらくの間通行止めになってしまうので、今のうちに終わしておきたかった。
歩行時間 1時間5分  歩行距離 3,2km
ヤブグレード 1〜2級

2009.3.15
栃木茨城県境【県道28号線〜県道205号線】

3月15日、早朝に家を出る。

昨日の大雨の後、夜中に晴れたので路面凍結が恐かったが、その心配もなく暗いうちに出発点に着いた。
明るくなるのを待ち、県道28号線県境発5時40分。

今日のコースは踏跡もはっきりしていて、とても歩きやすく歩程がはかどる。




今にも枯れ落ちそうな「太郎ブナ」


まだまだ元気な「次郎ブナ」


花瓶山山頂


高戸山山頂
郎といえば、次は。


途中「太郎ブナ」という看板の立つ枯れかかった巨大ブナがあった。

少し行くとまた巨大ブナがあった。
看板を見る前に、もしかしたら次郎ブナかな、と思いつつ覘いてみると、やはり「次郎ブナ」、ありふれた名前の付け方に一人笑ってしまった。

この辺りから花瓶山(はなかめやま)までは完全な登山道で、薄いスポンジの上を歩いているような心地よい感触が足裏にあり、県境のプロムナードと呼んでもよい、とても歩きやすい道だった。

やがてプロムナードも黒羽方面にそれて、ヤブ付き踏跡に戻る。
それでも歩きやすい道は続き、高戸山の送電線鉄塔の下で小休止後、県道205号線に下りた。10時30分到着。

歩行距離 9,7km   歩行時間 4時間50分



旧道にあった歌碑


雪で薄化粧した県境尾根


可憐なイワウチワ


石尊山


舗装道路のように、とても歩きやすかった用水路


明神様?


尊山


2009.3.29
栃木茨城県境【県道205号線〜国道461号線】

3月29日、県道205号線から国道461号線までを歩いた。
大子に近づくにつれ道路が濡れており、雨が降ったのかと思ったら、周りの木々は白くなっており、駐車中の車の頭も真っ白で、昨夜雪が降ったようであった。

早朝に山間部に入るのは凍結が心配だったため、道の駅「だいご」で太陽が登るまで時間調整を行った。
太陽を待ってから山間部に入ると、凍結こそしていなかったが、おそらく早い時間だったら凍結していたように感じる場所もあった。
私の車は一応スタッドレスの4駆なのだが、できれば凍結路は走りたくはない。

車出発7時20分。県道205号線の旧道峠に歌碑があったが、残念なことに浅薄な私には読めなかった。
前回よりはヤブがうるさいものの踏跡があるのでペースは良い。
所どころ雪で薄化粧していた。

イワウチワの群落があった。お岩山でもそうだが、山のどこでも生えるわけではなく、斜面の向きとか日当たりというものがあるようだ。
なんの変化もないヤブ尾根なのでただただ先を目指す。

本日コース中、唯一名前のあるピーク、石尊山に着く。
風が強く寒いので、写真を撮っただけで休憩も取らずに歩き出す。
この辺りにはショウジョウバカマが見られた。
少しの上下を繰り返しながら高度を下げていくと県道13号線に降りた。


道もない 登で、


反対側の山に登り返すのであるが、その手前に押川がある。
それなりの水量と水勢があるので、この川の徒渉は気になっていたところだが、以前の偵察で上流に橋があることを確認していたため、少し遠回りして対岸に移った。
灌漑用水の水路(今は水が流れていない)を少し歩いてから斜面に取りつく。

予想していた通り、294mへの登りは道もなく急で、結構キツイ登りであった。
尾根に着いた時は息も絶え絶えでヘタリ込んだ。
稜線には鉄条網が張りめぐらされており、尾根の反対側は馬頭後楽園ゴルフ場になっていた。
ロストボールというらしいが、ゴルフボールがたくさん落ちている。

ヤブをかき分けつつ僅かな踏跡を辿って国道461号の境明神峠に降り立つ、12時50分着。
峠のすぐ上には古い祠と鳥居があったが、これが明神様なのか?この近辺には、明神という名前のつく峠が3つあるが、すべて明神様と関係あるのだろうか。

これで栃木茨城県境の山岳地帯はすべて踏破した。
まあ重箱の隅をつつくような部分で、自分で納得いかない場所は後日行くことにしよう。
福島との県境もあと僅かで終わりだ。

歩行距離 13.6km   歩行時間 5時間30分


丈山



最初の三角点305,8m(天狗山)


県境はこんなヤブ尾根が続く。気が滅入りそう


ものすごい数のシイタケの榾木があった。
シイタケもチラホラ付いていた



新田山頂上


尺丈山三角点に到着
2009.2.22
栃木茨城県境【国道461号線〜尺丈山】

2月22日、国道461号線から尺丈山まで踏査した。

道路は一昨日の雪も融けて危険な場所はなかった。境明神峠発7時5分。

そんなに濃くはないが初っ端からヤブ。
灌木と熊笹と篠竹が、入れ替わり立ち替わり前進の邪魔をする。
今日のコースには三角点が5つほどあるせいか、ヤブの中には微かな踏跡が続いている。
その踏跡をロストしないように下を向いて歩くとヤブが顔面攻撃を仕掛けてくるし、それじゃあと、注意をヤブに集中すると今度はルートをロストしてしまう。

両手でヤブをかき分けて進むので、かなり腕が疲れる。
こういう場所では、ストックは邪魔になるだけで無用の長物である。
ヤブの中にツル性の植物が混っていたりすると、体、足、ストックにツルが絡まり動きが取れなくなる。
ちょっとイラつくも、誰に頼まれたわけでもなく、自分が好きでやっていることなのだから、しかたあるまい。


三角点 ニアが。


天狗山305.8mの三角点を過ぎ、389m三角点あたりから歩きやすくなってきた。

途中、シイタケの榾木が数万本あり、いまから出るのか、はたまた取り残されたのか分らないが、シイタケがポツポツと出ていた。

新田山(日本山名総覧によるとシンデンヤマというらしい)は多くの三角点マニアが来るようで、頂上標識がたくさんあった。
マニア達は登山道のないこの山に、どこから登ってくるのだろうか。
2万5千地形図では、茨城側と栃木側から小径が県境に通じているが、何れも廃道で歩くのは大変そう。
私にとってこの山は、一期一会であろうから、記念撮影でもしておきましょう。

新田山を過ぎると俄然歩きやすい道になり歩程がはかどる。
500,2mを過ぎると栃木県側に作業道があるも、稜線も歩きやすいので忠実に県境を歩く。
最後は快調なペースで、本日5つ目の三角点である尺丈山に12時35分着。

歩行距離 11,7km      歩行時間 5時間30分
ヤブグレード 1〜3級





尺丈山頂上での朝焼け


烏帽子掛ノ頭という標識


前山の標識と三角点


鷲子神社は結構立派な神社だった


伐採という自然破壊は県境にまでおよんでいる


ショウジョウバカマが咲いていた
2008.3.30
栃木茨城県境【尺丈山〜県道29号線大沢上】


3月30日、尺丈山〜県道29号線大沢上までを歩いた。

尺丈山駐車場で明るくなるのを待つ。
道のないヤブは暗くては進めないからだ。
尺丈山で朝焼けが見え、天気は下り坂だと教えてくれている。

ヤブがうるさく、気をつけていたが目を突いてしまう。
出血があるも鏡がないのでケガの状況がわからなかったが、たいしたケガではないようなので行くことにする。

473,7mには「烏帽子掛の頭」という標識板があった。
烏帽子掛峠の先の送電線鉄塔を潜ると歩きやすくなる。
と言っても、栃木県側を最近間伐したらしく、その間伐材が県境を覆っておりこの部分はちと歩きにくい。

474,2mには「前山」と書いてある標識板があった。
いたる所に巻き道がついており、歩きやすいのでそれを進むと、いつのまにか県境から離れ、もとに戻ったことが2回あった。
これらは仕事道だと思う。

鷲子神社につくと氏子から「お早いけどどこから来たかね」と尋ねられた。お賽銭をあげてまずは参拝。
神社から国道293号までは歩きやすい道。

国道の先はまたヤブのうるさいところが続くが、326,4mの送電線鉄塔からは、大沢上まで監視道という道らしい道が使えた。
なんとか雨が降ってくる前に目的地に着けホッとした。

歩行距離 16,4キロメートル。  歩行時間 6時間20分。




なぜかポツンと一本だけ太いコシアブラがあった。


12号線手前の巨大な鶏舎群 右手にもまだ続く


石で囲んであった261,7メートルの三角点


叶屋の少し上のヤブの中にひっそりとあった祠


これって何?
目障りなピンクとブルーのテープがいたるところにあった。





2008.3.9
栃木茨城県境【県道29号線大沢上〜叶屋】

県境を歩く計画の際、いつも迷うのがどのくらいの距離を歩こうかということだ。
道があるかないか、ヤブの濃淡によって1日で進める距離が大幅にちがうからである。
これらは情報がないので行ってみないと分からない。

3月9日。前夜に下山口にバイクをデポし、「道の駅みわ」でビバークする。
県道29号線の峠6時発。
叶屋という集落まで行くつもり。


県境杭って なぜ 間隔が。


今回の予定はちょっとロングなので、歩いて戻ることはできず車回収にはバイクを利用するしかない。

県境を歩いていていつも思うことであるが、県境杭ってなんであんなに間隔がマチマチなんだろう。
ここも例に漏れずであった。ヤブが濃くて杭が欲しいところにはほとんど無い。
道がついており迷う心配のないところには10mおきにあったりする。
無いところには数キロ以上もない。いや、見つけられないのかも知れないが。

県道12号線手前の茨城側には特大スケールの鶏舎があった。
数十万か数百万の鶏がいるのだろう。
この鶏舎の端っこが県境なのだが、ヤブが濃く歩きにくかった。

県道に出るところは切通しでコンクリート壁になっており、降り口を捜していると、下から散歩らしきおじさんが「右だよ」と教えてくれた。

261,7メートルの三角点は県境から少し離れているが、なんか気になり行ってみると、杭の周りを石で囲んであった。面白いことをする人もいるものだ。
猿久保集落の西にあたる尾根付近は、なんのためか青と赤のテープがやたら多く、ちょっと目障りに感じた。

最後の叶屋に降りる手前は、すごい篠竹のヤブ斜面に入ってしまい閉口した。
盗難が心配だったので、バイクが見えたときはホッとした。

12時45分着。

花粉が多いようで、くしゃみと鼻水が止まらない一日であった。

ヤブグレード 1〜4級
歩行距離16km。歩行時間6時間45分。




出発点の県境。
この看板の位置が地図と30mのズレがある。




潜り橋の小型版とも言おうか、
増水したときはこの上を水が流れるようになっている。




那珂川への落合点。
県境はここから那珂川を渡るのだが、
流れも速く幅も広いので泳いで渡るのは恐ろしい。



那珂川

2008.8.10
栃木茨城県境【叶屋〜那珂川本流】

8月10日、栃木茨城県境の川の部分に行ってきた。

もともとは、歩く価値もないことが分かっていたので、ここを踏査する予定はなかったが、地図を見ていると空白部分が気になりだし、行ってみることにした。

那珂川の支流八反田川の叶屋から那珂川本流に合流するまでの区間である。
案の定ドブ川で川に入る気がしない。


栃木と 茨城 の境目が。


なるべく県境の近くを歩くことにして出発。

最初から???・・・地図の県境と県境看板が30mずれているのだ。
農作業の人に尋ねても、みんな言うことがマチマチで分からない。
あの家は茨城でこの家は栃木、この畑は栃木だけどその畑は茨城・・・という調子で????だ。

これが県境だと教えてくれた杭は、どう見ても道路の境杭である。
結局5〜6人に聞いたが、その中で「茨城県と栃木県と俺とで立ち会って打った杭だから間違いねえ」と言ってたおじさんの杭は地図とも合致して正しいようだった。

ヤブこぎ、川歩き、あぜ道歩きなどをしながら那珂川の落合地点に着いた。
大量の蚊に襲われ逃げるように歩いてしまった。
この合流点の橋は「りょうごくばし」という名前だった。

今日は雲っていて比較的涼しく助かった。

8時35分出発〜9時55分那珂川〜出発点に戻る10時30分  歩行距離 約8km
2008.1.27
栃木茨城県境【城里町桧山の県道291号線〜県道51号線、片倉山登山口〜城里町桧山の県道291号線】

27日、栃木茨城県境に行ってきました。今回は珍しく連れが3人もいました。
出発点は檜山という集落。
ここは栃木県側は茂木町檜山、茨城県側も城里町桧山というらしい(地図上では)。
8時スタート、県境にそって歩くが少々のヤブコギはあるものの、踏跡があって歩きやすく歩程がはかどる。
ヤブコギグレード1級。あっという間に道木橋集落に着く。一休みするが日向でも寒い。
数件の人家があるが人影がない。
寒村とはこういうところを言うのだろうか。


ヤブ ぎのグレ−ド。


細くも舗装された村道を少し歩き又山中に突入。最後の県道51号線に出るところは切通しになっており左に寄って道路に下りる。
あらかじめデポしておりた車に乗り、御前山の伊川勢集落に移動する。
片倉山登山口で昼食をとり出発。道があるのかないのか分からずヤブコギで頂上を目指す。
頂上付近には踏跡があったのでかすかな登山道はあるらしい。
記念撮影をしたが、今回の写真には、写っている人物がだれだかわかるのでアップしません。
頂上から県境にそって南方向に行くと篠竹の濃いヤブとなるが、いままで歩いてきた県境の中では中くらいのヤブである。
ヤブコギグレード3級。
県境通りに歩くには急すぎて左右に巻いたり、この辺りはちょっとルートが分かりにくく面白かった。
最後は沢沿いの踏跡を辿り今朝の出発点の檜山に着いた。
14時着。歩行時間5時間。歩行距離約12km。

私が勝手に決めている栃木茨城県境限定のヤブグレード
1級 かすかな踏跡があり、ヤブも薄く見通しがきき、進めるスピードも登山道とあまりかわらない。
2級 踏跡がなく見通しもよくないが、ヤブは少し濃いものの進むのにはさして困難ではない。
3級 かすかな踏跡があるものの、ヤブが濃く見通しはきかない。進むのには時間もかかる。
4級 踏跡無く、ヤブは濃く見通しは無い、ルートファインディングが難しい。進めるスピードは1時間に4〜500m。
5級 踏跡無し、ヤブきわめて濃し、見通し無し、篠竹に藤や葛などのツルが縦横に重なり、進める距離は1時間に100m程度。非常に根気がいる。
6級 それ以上の最悪のヤブで、私もまだ経験したことのない強烈なヤブ。

以上であるが、重ねてお断りしておくが、これは栃木茨城県境に限ったグレードで、会津や越後、東北などの豪雪に鍛えられたヤブとは違うことをお伝えしておく。
栃木茨城県境のヤブは篠竹が多く、それに藤や葛のツルがからまっていると進むのに苦労する。



片倉山頂上、狭い頂である



下界から見た片倉山
左のコブから右の頂上へ
縦走するように歩くのが県境

2009.4.12
栃木茨城県境【片倉山付近・歩き直し】

この山に来たのは連れが3人もいたときで、まだ県境に拘りをもっていなかったので、林道を利用して登ったが、県境沿いに登り直すことにした。

急斜面の上、ヤブも濃く、道もないので今日の4か所の中では一番疲れた。

立派な境石と赤テープに誘われてルートミスしてしまう。
あの境石はいったい何なんだろう。急斜面なので下りはピンソールを履いた。

那珂川まで降りることも計画にはあったが、見ただけでそれだけの価値はないと判断できたので、やめた。

歩行距離 2.2km    歩行時間 1時間10分



茅葺の人家が残る塩子集落



314.8mの三角点



花香月山にあるドコモ中継所


月山

2008.3.2
栃木茨城県境【県道51号線〜花香月山】

3月2日、県道51号から花香月山(はなかりさん)の間を歩いてきた。
花香月山ってなんか趣のある名前だと思いませんか。
今回は一人なので車回収という手間がある。


三角点を したが、


まずい物は先に食ってしまおうという同じ理由で、花香月山林道入口に車をデポし6時半に出発、塩子集落を県道51号線登山口に向う。
早朝なのに、スポーツタイプの車が茂木方面にたくさん行くのは、ツインリンクもてぎに向うのだろうか。

登山口7時半。最初から急登。時期になれば期待できる山菜が目につく。
県境は屈曲が激しく2〜3回ルートをはずす。
214,8mには送電線の鉄塔が建っており、一番高いとおぼしきヤブの中を、ひとしきり三角点を探したが見つからず、諦めて草地で休もうとしたらそこにあった。8時45分。
今日の区間は、途切れ途切れではあるが総じて踏跡が続いており、ヤブグレードは1〜2級といったところか。

花香月山着10時30分。ドコモのアンテナ下で携帯を覗いてみたらバリ3。
あたりまえか!花香月山にはもう一つアンテナがある。
なんのアンテナか確認しようとフェンスの回りを探したが、なんの記述もなくわからなかった。
林道を歩いて10時50分車着。

道路にどっかと座り込むと同時にM君から電話がかかってきた。
今日がスキー準指導員検定の発表で、合格したという。
おめでとうを言って帰路につく。

歩行距離13キロメートル。歩行時間4時間20分。



縦走路の立派な標柱



花香月山



鶏足山

足山

2007.9.2
栃木茨城県境【花香月山〜鶏足山】

今月からジム復帰します。
ご指導よろしく。5.9からやり直しです。

昨日は沢登りに行こうと考えていたが、土曜日夜に急用ができて、しかたなく又リハビリハイキングに行ってきた。
茨城栃木県境の花香月山(はなかりさん)から鶏足山(けいそくさん)に縦走

林道車止め発5時20分。
花香月山頂上付近には東電とNTTの電波塔があり、頂上に行く道がみつからない。
次に行く人の楽しみのために、あえて記載しないが探せば必ずあります。
頂上にはアメダス(かな?)があった。
休んでいるときカチャっと音がしたので、時計を見るとちょうど6時だった。
きっとデータを測定したのではないだろうか。

これからのコースは地形図上に道記号はないが踏跡はある。
しかしヤブがあるので長袖で歩く。
石楠花が多い。コシアブラも少々見かけた。キノコも少しあったけど毒キノコばかり。
石仏がある峠から倉見山まではヤブが特に濃い。


じゃあ、 南峰 があるんじゃねえか。


地図と磁石は手から離せない。倉見山から先は道もハッキリしている。電波塔を過ぎ鶏足山に着く。

頂上手前直下に「護摩焚岩」なる岩場があったので偵察してみたが、わざわざ登りにくるようなシロモノではない。
頂上には、ここが鶏足山のピークである道標がいくつもあり、しばし休む。

20ちかくの小ピークを上下するこのコース上で、視界のきくところはここだけ。
いつものことであるが誰もいない。地形図の頂上と位置が違うのでなぜだろうと考え込んだが、地図のまちがいだろうと結論ずける。

さて帰ろうと立ち上がったら、道標のわきにマジックインキで小さく「北峰」と書いてあるではないか。
なぬ!じゃあ南峰があるんじゃねえか、と行ってみたらそこにも「鶏足山頂上」の道標があった。
地形図の頂上はここだった。

帰りはショートカットしようと2回ルートからはずれるが、いずれもヤブに阻まれて断念し予定のルートに戻る。
舗装道路をテクテク歩き出発点に置いてある車に戻る。11時5分着。

歩行時間5時間45分。歩行距離14キロ。







焼森山



立派なオニタケ類のキノコ




2007.9.9
栃木茨城県境【鶏足山〜仏頂山】

足鍛錬兼減量トレ第3弾。
いつもは登山口まで車で行き、下山後自動車道を歩いて車まで戻る方法だが、今回は下山口に車を置くことにした。
楞厳寺駐車場(りょうごんじ)発4時10分。

朝モヤの中、ヘッドランプで鶏足山登山口に向かう。
歩き1時間半のうち車が通ったのは僅か2台だった。相変わらず犬には吠えられる。
5時40分林道入り口、鶏足山6時35分、焼森山6時45分。

栃木茨城県境を歩くのだが、細々と踏跡があるものの、先日の台風で倒木、落葉、落枝でまったくわかりにくい。
ルートをロストすること数十回、かなりのヤブコギを強いられた。

ナラタケとイグチを少々ゲット。あとは毒きのこばかり。
市道と県道1号線(仏の山峠)を横断するが、両方とも峠は切通しになっており、横断にはルートファインディングを要した。
特に、県道から先のシノ竹の最悪密ヤブは進むに進めず、かなりの体力を消耗した。

このルートは視界もなく、磁石と地図が読めなければ進むのは絶対に無理。
最後の仏頂山の登りはバテた。
10分歩いては休む状態。天気予報では曇りだったのに、晴れてかなり暑い。
2リットル持ってきた水は残り少々。

いままでのトレハイは、行動中口にするものは水だけだったのに(減量するため意識的)、シャリバテの様相を呈してきたので、行動食を食べた。少しは元気回復。
頂上に出たときはホっとした。
楞厳寺手前の湧き水をたらふく飲む。駐車場着12時15分。今日も山行中だれとも会わなかった。
この暑いのに低山をヤブコギしている輩は俺くらいか。

歩行距離20キロ。歩行時間8時間。
今日は眠いし、ちと疲れた。
写真は焼森山とあまりにも立派だったオニタケ類のキノコ




2007.4.29
栃木茨城県境【仏頂山〜高峰】

仏頂山〜高峰
今日はGPSのテストを兼ねた歩行トレである。
おそらく今は歩かれていないだろう道を登り仏頂山に立ち、その後は栃木茨城県境稜線を高峰に縦走するという計画である。
後道集落からGPSにしたがって歩き出す。

林道は最奥の人家で無くなる。この最奥の人家には、大型犬が数匹いて物凄く吠えられ、繋いであると分かっていても怖かった。
ここから予想通り歩かれていない道形を探しながら、というよりGPSの指す方向に進む。完全なヤブコギである。
そのうち高峰仏頂山間の稜線に出たので、右にひと登りすると仏頂山頂上だった。

今日は距離は短いし、天気も良く時間もあり焦ることはないので、ゆっくり歩いても良いのだが、 一人だとおしゃべりするわけでもなく、歩く以外にやることないので結局休むことなく歩いてしまう。
これは私の性格から来ているのであろう。つまりセッカチなのである。

奈良駄峠付近は登山道近くまで石採掘がおこなわれており、なにもここまで山を崩すことないだろうと思う。


新しい、 見が、


それでもハイキングコ−スになっているのでヤブコギもなく、道は良く整備されていた。
ただ歩くだけの山登りは何か物足りなさを感じるが、私はもの好きだからどんな山登りでも好きである。

私は昔から「危険と困難のない山登りほどつまらないものは無い」と豪語してきた。
その考えは基本的に今でも変わっていないが、足をケガしてから、もしかして危険も困難もなく、
ただ歩くだけの登山もそれなりに楽しいものである、と昔より強く感じるように、なってきたのも事実である。
しかし、好き好んでヤブ山を歩いているわけではなくて、あくまで歩くトレ−ニングである。
同じ歩くなら、なにか目標を定めないと続かない。
私の近くの山は低山ばかりなので、いままで見向きもしなかったのだが、最近になって登ってみたら新しい発見があって、意外に面白いと感じたので、 どうせなら本来の山行の合間に、全部登ってしまおうか、などとアホなこと考えたこともある。

高峰にはパラグライダ−発進基地があった。
県境を下るように指示しているGPSに反して、道どおりに下ると県境から離れ、栃木県側に降りてしまうようだ。
でも道がはっきり付いているので、それを下ってみると舗装された林道にでた。
この林道は地形図には載ってなく新しいもののようだ。

林道を県境方面に少し登ると県境峠(仮称)に出た。
ここからは七曲坂を下る。
名前だけあって確かにクネクネと曲がって道が着けてある。
不意に後ろから2台のマウンテンバイクが降りてきたのでビックリした。
ボブスレ−状に凹んでいる道は、マウンテンバイクで降りるには好都合なのかもしれない。
ところどころ自転車が走りやすいように道が修復してあった。

人家に出てから、車までショ−トカットしようと、GPSが示す方向に何回も進路を取るが、道がすべて途中で無くなったり、人家の庭先に出たりで、結局元に戻る結果となる。
急がば回れとはこのことだ。
山の斜面を見ると数人が山菜取りをしていた。
コシアブラのシ−ズンなので何を採っているのか気になった。
笠間方面への道を尋ねてきたおばちゃん2人とひとしきり話す。
最後の鍬柄峠は低い峠なのに、早足で歩いているせいか息が切れた。

後道(7:25)−仏頂山(8:30)−奈良駄峠(9:10)−高峰(9:50)−林道登山口(10:20)−林道県境(10:30)−七曲坂下(10:55)−鍬柄峠(12:20)−後道(12:40)





頂上一画にあった木製の展望台



展望台から筑波山方面の眺め



雨巻山頂上
2007.12.9
栃木茨城県境【高峰〜県道257号線】

12月9日、起きると良い天気だ。トレーニングにでかけることにする。
歩くなら茨城栃木県境だ。
高峰の西にある林道の高峰登山口までは歩いているので、今日はそこから金場までとする。

凍坂峠(県道286号線)に車を置き、林道高峰登山口まで往復する。
どうやらこの間に道はないようで、最初っからヤブコギで一汗かいてしまった。
雨巻山への道は刈払いがしてあり歩きやすい。

標高300mに、どうやって運び上げたのかちょっと大きなコンクリートの祠があった。
雨巻山の頂上一画には木製の展望台が作られていた。
単独行者がいた。懐かしい頂上を往復し、すぐに西北西に向かう尾根に入る。

夫婦らしいパーティとあう。途中までは登山道になっており、はっきりした道だったが、登山道と分かれると踏跡程度だ。
300mで西に向かう。いままで県境を歩いてきてわかっているが、県境を歩く人はいるようで、道がなくとも僅かな踏跡はある。

砕石の上に落ち葉を敷き詰めたような急斜面は足場が悪く、歩くというより滑り落ちる感じだ。
県境杭と赤ペンキにそって降りると人家に出、まもなく県道257号線に出る。
あとは車まで歩くだけだ。

歩行キロ  11キロメートル   歩行時間  3時間40分 


最初の採石場、
なんとしても作業道を歩かねば
進めなかった



ヤマツツジが咲きはじめた


こんな看板がいくつもあった


このアンブレラ、何だと思います?
覗いてみたら穀物貯蔵庫だった。
ネズミ返しらしい



354mは篠竹の中だった。
この辺にメガネを落としたか忘れたか?



最後の採石場の看板。
これでは怖くて入っていけません。

2008.4.20
栃木茨城県境【県道257号線〜県道41号線】

4月20日朝。起きて窓を開けると曇ではあるが、なんとか天気がもちそうなので行くことにする。
今回は県道257号線から県道41号線までだ。


県境は 中に。


距離は短いがスンナリとはいきそうもない部分だ。それは県境に規模の大きな採石場が2か所もあるからだ。

41号線に自転車をデポし257号線まで行き、県境近くの駐車スペースに停める。

8時15分発。県境と思われる部分を進むがヤブがうるさい。4級くらいか。すぐに県境は空中に消えてしまっていた。
採石場が茨城県側から栃木県側まで浸食しているからだ。

採石場とヤブのコンタクトラインを進もうとするが、伐採された木が折り重なっており危険でとても進めない。
仕方なく採石場内の作業道を行く。すでに採掘作業は始まっていた。

予想していたとおり声をかけられた。
「こんにちは、どちらから来られましたか」
「こんにちは、県道から県境を歩いてきました」
「そうですか、ここは立ち入り禁止になってまして」
「はい、すみません、一応ヘルメットは持ってきたのですが、すぐ先で右の県境にはいりますから」
「そうですか、ケガなどされないよう気をつけてお願いします」
叱られるかと思っていたが、とても優しい対応だった。

すこし先に行くと立ち入り禁止の看板がいくつも立っていた。
たぶん入山側にも立っていたのだろうが、4級ヤブコギをしていたので気がつかなかった。
354ピークは篠竹のヤブの中だった。ここから富谷山(片道約700m)まで往復することにした。

行ってみると、富谷山は採石場の壁になって頂上はすでに空中に消えていた。
354に戻り、激しく屈曲する県境を進む。県境杭は極めて少ない。

途中でドジを踏んでしまう。それはメガネを無くしてしまったのだ。
地図を見るときなんか見にくい気がしていたが、メガネがなくなっていることに気がつかなかった。
私はメガネがなくても一応地図は読める。
ヤブで目を突かないようにという理由もあってつけていたが、それでもメガネが付いていないことに気付かなかった自分のバカさ加減に呆れた。

今回のコースは、距離は短いがアップダウンが大きいので疲れる。
送電線鉄塔から左に下りると林道に出た。
左側奥に人家があった。この人家は茨城県桜川市である。
しかし出入りは栃木県益子町からしかできない。何かの災害で、この林道が通行止めになったら、この家は孤立してしまう。
桜川市の住民のために、益子町の血税を使って修復してくれるのだろうか、などと余計な心配をしてしまう。

すぐに高度差にして100mを登り返すとまた送電線鉄塔下に出た。
県境は西にある採石場のど真ん中を行くのだが、すでに重機の音が聞こえており、入っていくのは無理と判断。
鉄塔の監視路を使って下界におりた。あとは市道と県道を歩き自転車に戻った。12時30分着。

今回の車回収は、距離が中途半端で歩くのには長すぎるが、バイクを使うほどではない。
という理由で自転車にしたが、風が強く乗るのに結構疲れ、やはりバイクにすれば良かったかと、ちょっぴり後悔した。

ヤブグレード  4級
歩行距離    10,7km
歩行時間    4時間15分



最初のピークにあった祠



283,6mピークにあった三角点



ゴルフ場のそばにあった物。
これってなんだろう????

2008.2.24
栃木茨城県境【県道41号線〜ゴールデンレイク付近】

2月24日、久しぶりに県境縦走に行ってきた。

相棒一人あり。県道41号線と県境との交差点から歩き出す。
まずは西方向に盛り上がる山に登る。頂上には祠があった。進路を南に変え、大手坂を目指す。右側は石切り場で切れ落ちている。
採石場とのコンタクトラインが尾根上である。

大手坂に出ずに右下に降り、廃屋から県道119号に出た。県境は大きな採石場になっており立ち入り禁止なので、県道反対側の作業道を行く。
私は沢沿いのルートを行くつもりだったが、相棒のルーファイでは尾根がいいという。
尾根を行くことに決める。結果大正解でヤブも薄くすんなり県境に戻れた。

右側にゴールデンレイクゴルフ場を見ながら進む。金網フェンスが現れたりして思うようにルートが取れない。
イノシシを取るワナが仕掛けてあった。

やがて進行方向にまた金網フェンスが現れ、右にルートをとる。
この金網は下まで延びており。結局そのまま下の道路まで降りてしまった。県道45号線と県境の車デポ地点まで道路をあるいた。
ここは金網に沿って左に行った方が県境沿いに行けたと考えられる。

歩行距離12,5km。歩行時間、休憩時間を入れて6時間30分。
ヤブグレードは1級〜3級(一部4級)



県境は真下に見える池の中である
2009.4.12
栃木茨城県境【県道41号線の東側〜採石場の大きな池の上まで、歩き直し】

県道41号線の東の部分
やはり大きな採石場で県境が遮られている部分。

県道から東に歩き、行き止まりから同ルートを戻る。
予想に反して県境沿いに車も通れそうな林道があった。


河童 がいないのだから、


途中送電線の鉄塔があり、その先で県境は採石場に大きく落ち込んでいた。
この辺りの採石場は巨大である。

沼というか池というか巨大な水溜りがいくつもある。
テレビによると「河童がいないのだから池」なのであろう。

 歩行距離 1.1km    歩行時間 30分



県境にそって林道があった



あまりにも巨大な採石場に息を呑むばかり。
ここも県境は池の中



大手 付近

2009.4.12
栃木茨城県境【県道179号線大手坂付近歩き直し】

県道179号線大手坂付近

前回S子と来たときは、大きな採石場があるため大手坂手前から右に巻き、廃屋から私道を歩き県境に戻った場所である。

今日は大手坂から北に歩き、前回右に巻き始めた場所を確認してから大手坂に戻った。ついでに大手坂から南方向、採石場にぶち当たるまで県境を進んでみた。
地形図通り、すぐに巨大に掘り込まれた採石場で県境は終わっていた。

 歩行距離 1km    歩行時間 35分



スプリングフィルズゴルフ場の
後ろには筑波山が見える。




右手の産業廃棄物埋立地と思われる荒地と、
左のヤブ地帯の境目付近が県境

2009.3.8
栃木茨城県境【ゴールデンレイク付近〜県道45号】

もともとは膝のリハビリのために始めた県境歩き。なので県境に拘りは持っていなかった。しかし残りあと僅か、という段階になると、 過去に巻いた部分がとても気になってきた。

採石場などで立入禁止になっている場所はしかたないとしても、自分で納得いかない部分は歩き直すことにした。
今日はそのうちの一か所で、昨年にS子と共に歩いたが、ゴルフ場のフェンスに阻まれ栃木県側に下りた場所である。

3月8日。今日は宇都宮文化会館に9時半までに行かなければならないので、家を早出し、朝飯前に片づけてしまおうという魂胆である。
県道45号線県境を6時45分に出発し、早速ヤブに突入する。

歩き始めてまもなく異様な臭いに気が付く。それに、道もない山中なのに、どうしてこんなにゴミが多いのだろうか。
土砂崩れで壊れたフェンスから中に入ってみて分かった。
恐らく、もともとここは砕石採掘場であったのが、その後産業廃棄物の埋立地になったのだ。
表面は砕石で覆い隠されているが、少し掘れば産業廃棄物が出てくるに違いない。
この異様な臭いもそのせいだ。ゴルフ場のフェンスと思っていたが、実際は産業廃棄物埋立地だったのだ。

県境は、埋立地とヤブのコンタクトライン付近で、前回に前進を阻まれたフェンスを確認してから往路を戻った。
車着7時35分。急いでスーツとネクタイに着替え宇都宮に向かう。
文化会館には8時45分に着く。ゆっくり間に合った。

 歩行距離 2km     歩行時間 50分
 ヤブグレード 2級 









県境が小貝川に合流する辺りにあった赤ペンキ





県境が山岳地帯から川に移る付近



県境はこの森を最後に山岳地帯から川に移る。
左手には小貝川が流れる。



貝川

2009.4.12
栃木茨城県境【県道45号付近再調査〜小貝川】

県道45号の西側の小貝川畔
県道東側は、3月宇都宮に行くついでに再調査した。
西側は去年、わざわざ調べに来た所であるが、地形図と比べると、どうも納得いかないのでもう一度調べなおすことにした。
そこでわかったことだが、地形図に記載してある道路は今はなく、篠竹のヤブになっていた。

ヤブをかき分けて行くと、なんのためか分からないが少しの切り開きがあって、赤ペンキで目印があった。
鵜の子岬みたいな境杭は見つからなかったが、この辺りがちょうど県境が小貝川に合流する地点とおもわれた。

 歩行距離 1.3km    歩行時間 30分


ついでに6月15日の栃木茨城県境の山岳地帯の末端調査を報告しておく。
太平洋の鵜の子岬(北茨城市といわき市の境界)から続いてきた茨城の県境は、県道45号線を過ぎた地点で、山岳地帯を終了し小貝川に合流する。
ここからは川と田圃の中を千葉県の銚子まで延々と続く。私が歩くのはこの地点で終了である。



【最後に】
私の膝は左右共に前十字靭帯がない。右はスキーで、左は登山で切ってしまったのである。
今なら再腱手術も受けようが、当時は仕事を休むわけにはいかないので入院できず、そのまま自然治癒(治っていないが)するまで待った。
そのため足の筋肉が細くなってしまい、リハビリに筑波山や近くの山々を歩いた。
それこそ裏の裏道まで歩き回り、近くの山には歩くところが無くなった。

そこで県境の山を歩き出したのがキッカケである。
始めはリハビリ目的なので縦走など考えていなかった。
数回登っているうちに、道の無い県境の山の部分を全部歩いてみたくなったわけである。
なので、歩く方向は太平洋から内陸に向ってと決めたが、歩いた区間の順番はマチマチである。
ちと読みにくかったと思いますが、なにとぞご了承下さいませ。

登る度に、ACC−J茨城の旧ブログにアップしていた原稿をまとめて下さった、チーフリーダーには心から感謝いたします。


2009.5.3
福島茨城&栃木茨城県境縦走完結

−−−完−−−

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